脳が作っていたワンパターンの完璧であった世界は、その神域を失ったことで秩序や品位を失い、
我欲を押し進めるだけの、ワンパターンしかない社会に落とし込まれます。
今の社会の崩れ方を見ると、よくわかるでしょう。
私たちはここから、心の領域への移行が本格的に始まりますが、
では心とはいったいどういうものなのか、
感情と愛と、どう違うのか。
多くの人が心の領域を失っているために、
それを指し示すものがとてもわかりにくくあると思います。
それを少し、紐解いてみましょう。
。。。
心とは、感情を包み込む外皮のようなものです。
いわば、大福でいうと外側のもち部分。
中身の餡子は感情です。
もちもちしてるのが、心でありますが、
完成された完全な心というのは、大福の状態がベストであります。
感情という餡子が中身にあって、それを包み込むもちもちの心があって、
ようやくそれが、大福として美味しくいただけるものとして、あることができます。
そして、多くの日本人は、このもちもちの外皮を失ってます。
餡子だけを直接手に握ってるような状態です。
感情が無防備にむき出しになってるのが日本人の状態でした。
感情を守ってくれる、もちもちの外皮はどこにいったのでしょうか?
もちもちの外皮は、愛によって作られます。
たとえば、子どもの時、親があなたの感情に寄り添い、あなたの感情を守ってくれます。
そこに愛があり、それを毎日毎日、注いでくれます。
マイナスの感情すらもただ全肯定するのではなく、
同じ過ちを繰り返さないよう、
マイナスの感情に寄り添ってプラスにできるよう、愛を込めて注ぎます。
感情は毎日揺れ動きます。
ですが、毎日毎日、それに愛を注ぐことで、
その感情にはもちもちの外皮が生まれます。
愛されて育った子が、なぜ精神的に強いのか。
感情が喜怒哀楽が豊かなのに、傷にならず軽傷で、地雷になってないのか。
それは子ども時代の揺れまくる感情に、
ひたすら愛をそそがれ、その愛が感情の外皮を作り、感情を守っているからです。
ですがこれは、なかなかできることではありません。
それは感情が、あまりに毎日動くからです。
感情は、いろんな種類やパターンを持ってます。
毎日毎日、同じものではありません。
それを包むには、毎日毎日、その都度その都度、
その感情に適したもちもちの愛が注がれなくてはなりません。
子ども時代は、それを行える最大の期間であります。
たくさん愛を注がれ、どんな感情をも包み込む柔軟な分厚いもちもちを手に入れ大人になった子は、
親からの愛から巣立っても、充分に生きていけます。
パートナーのもちもちが薄ければ、そこに愛を注ぎもちもちを強化してあげたり、
自分の子供にももちろんもちもちを愛とともに授けたり、
自分の周りの人にも、もちもちを分配できる人となります。
。。、
心のもちもちは、感情に寄り添ってくれる愛の状態が、連続した継続的なものでないといけません。
感情が10揺れたとして、そこに10、最低でも8、くらいの愛の寄り添いがないと、
もちもちの外皮は生まれません。
そして感情の餡子は常に流動し、いきなりでかくなります。
それを破れずに包み込むには、常日頃からのもちもちの製造は欠かせません。
ですが、その状態、環境をつくるのは大変です。
幼少期は、親頼みとなります。
ここで親がもちもちを作ってくれないなら、
私たちは簡単に詰みます。
餡子は常に剥き出しで、手づかみし手づかみされ、びちゃびちゃに汚れ、
感情のままに相手に泥団子としてぶつけ合います。
感情のままにそれをぶつけることは、欲のままに生きる獣の状態です。
人間は大昔、この獣のような感情と欲のままにありました。
ですがそこに、愛をもって感情に寄り添ってくれるもちもちの外皮をもつものが初めてひとり、現れました。
宗教や神話や物語によく出てくる、愛の人であります。
まるで親のように、毎日毎日感情に寄り添ってくれる人が現れ、人間の中に感情を包みこむ愛の外皮が生まれます。
これが宗教として、人が神として崇められた瞬間でもあります。
キリストでもブッダでも、自分の感情に寄り添ってくれる愛をそこに感じたのならば、
そこに常に祈ることが、もちもちの外皮を作ることができます。
親からの愛がなくとも、感情に寄り添ってくれる愛をそこにみたのならば、
そこに自分の感情を預け、セルフで愛を生むことは可能であります。
なんで他の国はそんなに宗教に熱心なのか、
しかも毎週、毎日、熱心に通ったり祈りを常用しているのは、
もちもちの重要性をわかっているからであります。
宗教の祈りが自分たちを健やかに強くすることを、
もちもちを経験している人は理解しています。
宗教となってなくとも、それが先祖代々からの祭祀や、土地のまつりごと、
自然の中にそれを見ること、自分の感情に寄り添い愛を注ぐものをそこにみて、
それを毎日毎日の自分の感情に注ぎ、もちもちが作られるなら、それは美味しい大福として、完成されます。
欧米だけでなく、アジアでもどの外国の中でも、
あらゆる差別やカルチャーや野蛮なものが日本より横行していても、
日本人より博愛な、素晴らしい受容と愛を持った人たちはいます。
日本よりハードな世界にいながらも、日本人より博愛の受容がある人たちは、
宗教や信仰や土着のものを通して、
でっかい大福を完成されている人たちであります。
。。。
さて、日本人の状態を見ていきましょう。
日本人は、もちもちを作らなくても、
感情がむき出しの餡子のままでも、
獣にならずに社会を構成することができました。
感情がむき出しの餡子のままでありますが、
脳は神の領域となっています。
もちもちがなくとも、感情の餡子は神の手によって泥団子とならずに持つことができました。
神の脳、神の手を持つ日本人は、
感情を素手で掴むことができます。
繊細に取り扱い、潰れないように適度な力を用いて、
そして餡子そのままで食せます。
甘すぎる餡子をほんのり塩味のもちもちで包み
ちょうど良い甘さの大福にしなくとも、
餡子に直接塩を振りかけ、甘さを緩和する塩加減を見つけ、それでまかないます。
感情に寄り添う愛がなくとも、チャネリングや先読みで神の意識で子育てをすれば、
充分に子供は育ちます。
餡子に塩をふりかけ、その感情をなかったことにすれば、全て丸く治るのです。
日本人は、愛がなくとも、
神の意識で感情を扱うことができていました。
海外の方がそれを真似ようとしても、神の脳がないとそれは無理です。
餡子に塩をどのくらい振りかければいいかもわからないし、なんならべちゃべちゃな餡子に合わないソースをかけて全てを台無しにしてしまいます。
日本人は神の脳をもってるからこそ、
脳で感情を細やかにうまく処理できますが、本来の人間は、
感情の餡子に対してそこまで繊細に対応することはできません。
。。。
日本人は愛を注がなくとも、
感情の餡子をうまく調理できていました。
ですが、それは本来の大福ではありません。
甘すぎる餡子に、それを食べれるように塩をぶっかけることは、
知らないうちに身体に負担をかけます。
どんなに感情があばれても、塩をぶっかけるしかないこと、
スルーしてなかったことにされてる感情の餡子の甘さは、身体にとってなかったことにはされていません。
神の脳で処理されていた、甘すぎる餡子、
脳で甘さを感じなくさせてても、身体にはそのバグは通用しません。
身体が壊れてから、ようやくそこに愛の寄り添いが可能になりますが、
それはその時に負担とした感情だけの付き合いです。
その時だけの寄り添いで、うっすいもちもちでその時だけを包み、
それが身体の負担から無くなれば、
愛の注ぎは継続されることはありません。
塩をふりクイックに処理するだけであります。
。。。
日本人はそうして、愛がなくとも高度で文化的な社会を作ることができました。
ですが神の手と神の脳を失い、
むき出しの感情が泥団子化し、
獣への道を進んでいます。
私たちは早急に、感情に寄り添う愛のもちもちを、育てなくてはなりません。
いっときだけではだめです。
愛されて育った人たちの、あの完全なる大福状態をイメージしてください。
それに比べて、圧倒的に自分が足りてないことに、気づいてください。
思考や意識や思念に支配されている人ほど、
素手に餡子状態である危機感を持ってください。
もちもちは、育てないといけません。
感情がもちもちでつつまれ、どんな感情でももちもちが柔軟にたっぷりと包んでくれてるなら、
それはとっても美味しい大福でしかなく、
ネガティブでもポジティブでも関係なく、
全ての感情が生きたまま、自分の糧となります。
スルーして身体に負担をかけて地雷だらけの我欲が暴走してる状態と、
全ての感情を大事に慈しみ多くの人に惜しみなくそれをご馳走として分け与えることができることの差は、ここにあります。
。。。
もちもちに、参加したいものたちがいます。
先祖代々や、精霊たち、音楽もそうです。
親や宗教以外の選択肢が、日本人には用意されています。
四六時中、あなたの感情に寄り添い愛を注いでくれるものが必ずあります。
四六時中です。
それをあなたの感情に注いで下さい。
私は、精霊はもちろん、
沖縄の戦死者や亡き者たちが待ってましたと、
私の感情の周りに、ペタペタともちもちを貼り付けにきてくれました。
愛の寄り添いというものが、
心を作るということがこういうことなのかと、
ひしひしと感じている最中であります。
音楽の中に四六時中寄り添いを求めてもいいでしょう。
心のもちもちは、わかる人はわかり、
わからない人はわかりません。
でも、常時その状態であることは、
努力して継続する必要があります。
あなたのもちもちが、少しでも作れるよう、
お手伝いいたします。
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