桜井みづきのつくり方 -3ページ目

桜井みづきのつくり方

フリーライター桜井みづきの自伝っす♪

桜井みづきは、岡山県内のとある小さな町に生まれた。

都会の暮らしからは想像できない田舎。

それが私の故郷。岡山。桃の国。


父は大工職人。母は専業主婦


田舎だけど古くから地主だったらしく、

祖父が子供の頃は、

書生さんと呼ばれる人を家に住ませてあげていたらしい。


だから私の実家は「本家」と呼ばれ、

近所には分家もあった。


昔から継がれてきた家で、

本当なら私の弟が継ぐ予定だったけど、

私が小学校5年生の時、

弟は病気で他界した。


それから私は一人っ子。


周囲からは婿養子を取れだの何だの忠告を受け、

小学生ながらあんまり感情を表に出さない子供に育った。


「何で私が継がないといけないの?」と思いながら、

田舎の真面目な両親は、

将来のことに漠然とした心配を抱えながら私を育てた。


専業主婦の母は父のご機嫌を取り、

父は真面目な人だったけど、

まるで独裁政権のように厳しいルールがあった。


何をするにも父がいちばん。

何を買うにも父の采配ひとつ。


私は子供ながらそんな父が嫌悪感があったから、

なるべく距離を置いて過ごしていた。


母はとても優しかったけど、

本家の嫁として、

大勢いる親族の中で、

とても気を使っていた。


私は親族と関わりあうと、

必ず「婿養子をとって。」みたいな話になるので、

集まりごとにはあまり参加した記憶がない。


「そんなに家名が大事なの?」

「継ぐほどの家じゃないでしょ?」

子供の頃はずっとそう思ってた。


当時は自分の家に興味がなかったので、

何にも聞いたりしてなかったけど、

昔はJRや地元のレストランに土地を売ったこともあったらしい。


今は父が所有する小さな土地に、

アパートが建っているぐらいで、

残りは田んぼと畑と家の周りの敷地だけになった。


田舎だから時価は安いけど、

いろんなところに土地を売る前は、

かなりの広さの土地を持っていたという話。


だからどうしても、

あの家を継ぐ人間が必要だったんだろう。


父は大工職人として仕事をしながら、

自分の田んぼでお米を作っていて、

祖父も働きながら畑で野菜を作っていて、

庭の片隅に鶏を飼っていたので、

買うものといえば肉と魚だけ。


父が新車を買うときは全部キャッシュ。


田舎でのんびとした小学生時代だった。