義理兄は海外の人です。
互いに母国語を使うため、違う国に暮らしている現在は電話やメール、一切しません。
10年くらいになります。
しかし、1年に1回
逢えるときは、本音を言い合える
非常にめずらしい関係です。

ミニマリストです。しかし、

彼はミニマリストといった言葉を知りません。



服はだいたい3パターン。仕事は
指定された服があるようです。
靴はスニーカー1足。バックは
大型のスーツケース、手提げが1つ。

アニメ、ゲームを趣味としておりますが
全部タブレットの中です。

友人とは週に何日か集まり麻雀を楽しむそう。

持ち物はスーツケースに入るだけの荷物。

普段仕事に行くときは、財布とスマホ、鍵
しか持ちません。

彼が日本に暮らしていたのは10年前。

当時私自身、多くの物や服を所有している方が良いという考えて暮らしていました。

兄を紹介されよく姉と3人で行動していました。
こんな少ない物しかなくて不便ではないかと、大変驚ろき、
余計な世話をやきました。

あれはいるか。これは必要か。
ことごとく空振り、うるさいコバエのような
生意気な妹でした。

そう自分で気付くまで
時間は要しませんでした。なんでも
正直に言ってくれるから。

「全部わたしには必要のないもの」

どストレートに言われました。


本気で気にいったものしか買わない
貰わないため、上司や年輩の知り合いから
「これ良かったら。」
と上等なお下がりの洋服など頂いても
「いい、いらない。大丈夫。ありがとう。」

と日本語で時間を空けず断っていました。


別に誰かがどう思うと私は関係ありません。
悪いとも思いません。
いるか、いらないか
そうでしょう?
と、こんな感じです。


彼の母国では「いらない」のあと、
相手がサッパリ「OK」で済むので
ごちゃごちゃしていなくて
大変羨ましく思いました。



日本は相手のためなのか、自分のためなのか、今後のお付き合いに響かぬようにと
必ず理由を話したり、聞いてみたり
互いに不安な気持ちを拭う事をすると思います。

私にもそうゆう節があります。
「偽り」なのかもしれませんね。

昔 金八先生もおっしゃっていました。
人  の  為
と書いて「偽り」



「うそのやさしいは、いらない。」

にいにい、それさえ断捨離。


「あっぱれ。」
と言ったら

「なにいってんの?」と真顔で聞かれました。

当たり前のことのようです。

  身軽      自由      楽しいだけ

私もそんな心を持ち、
持ち物を減らし続けていきます。


「ミニマリストだね」って
言ったら

なにいってんの?

と、日本語で
真顔で言われました。