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  美月と出逢ったのは、大学二年生の夏。人生で一番お気楽で、自由な最後の夏を満喫しようと、俺は離島の民宿で住み込みのバイトに申し込んでいた。

  大型客船から島の埠頭に降り立つと、各宿から迎えが来ていて、俺もバイト先の看板を待つ女の子に声を掛けた。名を告げると、それまでの笑みは一瞬で消え、
「お客様達の後から着いてきて」
と、素っ気ない返事が返ってくる。
  客達を先導する彼女には、そこかしこから声が掛けられる。俺と同じ様ないかにも島外から来たバイトらしいオトコ、幼馴染みぽい垢抜け無い島のオトコ、そして、もっと歳上の男達からも、軽い挨拶やら、からかい気味な声掛けまでいろいろだ。当の本人はたいして気にすることもなく、軽く返しながら、男達の熱い視線の中を涼しい顔のまま歩いていた。

  宿に着くなり次から次と仕事があり、俺の浮かれた気分はどこかに吹っ飛んでしまった。それでも海を見たくて、後片付けの終わった夜遅くに浜辺に向かった。
  出掛けに、宿のオーナーが、初日から働いた俺に申し訳なさそうにしてビールを渡してくれた。あの娘の父親とは思えない程、おっとりした人だ。

  浜辺に人影はなく、暗い海を眺めながらブラブラとしていたとき……ちょっと先の岩陰から、声らしきものが聞こえ、俺はカップルでもいるのかと思い、好奇心からそっと覗き込んだ。
  でも、そこにいたのは、あの女の子だった。驚いて上げた顔には、うっすら涙の跡がみれて……寂しげで…… 頼りなさそうで……
  俺が戸惑っていると…… 次の瞬間、
「あ、それ!代金はちゃんと払って下さいね」
と、強い口調で言われ、
「いや……、これ、親父さんがくれたから……」と返すと、
「もう、ほんと、甘いんだから。そんなんじゃ商売にならないじゃない」
と、言った後、クスリと笑って、
「私にも半分頂戴」
とおどけてみせた。

  それから、毎晩、浜辺で美月と話すのが日課になった。彼女は、特に大学のことを聞きたがるが、ただ何となく進学しただけの俺には、彼女が聞きたがる様な勉強のことや、仕事にどう繋げられるのかとか話すことはできなかった。俺に話せるのは、学食とかサークルとか、コンパとか、そんなことばかりだ……
「そんなに勉強好きなら、進学すれば良かったのに」と、言うと……

 美月は暫く黙ったあと
「進学するつもりだったよ。2年前までは……」
「でも、高3の秋に、母が死んで……父だけで民宿を切り盛りすることは無理だから……自分から諦めたの」
「どうして、母さんは死んだんだろ……母さんが居てくれたら……って、たまにどうしようもなくなって……」
  美月の肩が小さく震える。俺はどうして良いか分からず、そっと彼女の肩を抱いた。思えば、最初に会った晩も、1人で泣いていたのだろう……昼間の気丈な彼女とは思えない、その姿が切なくて泣き止むまで抱きしめていた。

  どれぐらいたったのか……

「ありがとう、もう大丈夫」
そう言って、恥ずかしそうに笑う美月があまりに可愛くて、俺は無意識にキスをしていた。
 日に焼けた髪や肌と同じように、健康的で化粧っ気のない渇いた唇に触れた途端、

(ヤバい、殴られる)

  その思って慌てて離れたが……美月はうっすら頬を染め、下を向いていた。その姿がまた可愛く、俺は貪るように美月の唇を奪っていた。