わたしはなにもがんばれない

まるで蛭子能収大先生の漫画の様なタイトル


最近有難いことに仕事も私生活も忙しく充実させてもらってます。

が、休む時間が少なくなんせ体調が悪い。

病院に行く時間もない。

人に頼る気分には元々なれない性分。

体調が悪いといつも自分を責めがち。

それもやっと回復の兆しが見えてきた。




わたしは人になんでもできる。すごい。

と言われることがある。そんなことない。

むしろ人より劣ってることが多いと思っている。

人並みにやれる様になろうと努力はした。

でも出来ないことも多かった。

今人に褒められる部分ってのは、これまで頑張ってきた部分だけ。繰り返して来ている部分だけ。最初から出来たわけじゃない。まだまだ出来ないことが多く、知らないことも多い。

知りたいと思わないことも多い。

やりたいと思うことは沢山ある。

でも頑張れていないことが多い。


それでも出来るからすごい。
それでも頑張ってるから偉い。

みんなそうじゃないか?
すごい=大丈夫じゃない

そう、わたしは今大丈夫じゃないし、がんばれない。


みづほなら大丈夫、みづほなら問題ない、みづほならやってくれる。言っていいのはわたしの苦しみを理解してくれて人だけだ。と偏屈にもなる。

それが今。それが弱ってる証拠。

でもこれを吐き出せるのは回復の兆し。(2回目)




どれだけ辛いと言って泣きまくりたい人生だったか。

どれだけやりたくないと言って逃げ続けたい人生だったか。

苦しいことの方が多かったこの人生、何度この世界から居なくなりたいと思ったことか。



へらへら笑って、なんでもOKって言ってる自分が1番気楽で好きだけど気分は良いとは言えない。



困難に立ち向かえるのは、逃げ場がないから。

そうだ、わたしはある日大きな逃げ場を失った。

それがわたしを強くしたけど、いつまで経ってもその現実に苦しめられている。





わたしには心許せる仲間がいる。

昔はいなかった。

理由は今の仲間が出来てわかった。

昔は誰にも心を許してなかったからだった。


友達がいない、誰にも理解してもらえないという人、それは自身が人を理解しようとしてない理解できないから。(その能力がない場合も)
わたしは前者だった。
わたしのことなんて誰もわかってくれない。って感じ。
でもわたしには人を理解しようとする気持ちが芽生えた。
よかった。



わたしはすごくないからがんばれる。

無理しない生き方なんて出来ない。
無理しないと出来ないことが多いから。

でも苦しくない。
無性に腹正しい時はある。
自分にも世界にも。
でも楽しいし、有難い。





さて。

なんで急に3年も書いてなかったブログを書いたかというと、

具合が悪い→治って来た→すっきりさせたく脳内アウトプット、iPhoneのメモに吐き出しまくる夜(もう朝か)

文字数やばい。
昔は毎日ブログに吐き出してたな。

ってわけで、パスワードもわからなくなっていたので再設定。

そんな流れ。

また書くかどうがわからないけど、なかなか頭の中の文字を起こしてる時間は楽しかったのでよし。

テキストチェックはしないので、誤字脱字かつ、支離滅裂なのはお許しを。

だって(やっと)眠くなって来たから。

回復の兆し(3回目)

空が明るい。