今回の選挙について、どうしても書いておきたい違和感がある。
正直に言うと私は今回の選挙に、
「行かなかった」のではなく、
「巻き込まれない心で行った」。
それは無関心だからじゃない。
むしろ逆で、今の選挙をめぐる空気が、あまりにも攻撃的で、分断的で、考える余白がなくなっているように感じたからだ。
最初にひとつ、はっきりさせておきたい。
私は特定の政党を推しているわけではない。
自民推しでもないし、どこかを盲目的に支持しているわけでもない。(盲目的ではないが気持ちが同じ方向だと思うのがゆうこく連合ではありますが)
それでも今回の選挙を見ていて、
「この空気はおかしい」
そう感じずにはいられなかった。
最近の選挙は、
「自分で考えよう」よりも
「気づけ」「気づかないお前が悪い」
という圧が強すぎる。
誰に入れたかで人を裁き、
入れなかった人を責め、
違う意見を持つ人を敵にする。
でも、選挙で国はそんなに簡単に変わらない。
一夜で激変するほど、国は軽くない。
今、本当に変わってしまっているのは、
制度でも政治家でもなく、
人を責める心のほうだと思う。
高市さんが「戦争をする」と、いつ言っただろう。
「高市さんに入れたら日本が終わる」
そんな単純な話じゃない。
これは擁護でも、推しでもない。
事実として、言っていないことまで背負わせて、
誰かを象徴的な悪に仕立てる構図に、
強い違和感を覚えるだけだ。
国際情勢は、誰が首相でも緊迫している。
ウクライナ、中東、台湾海峡、米中関係。
現実はもっと複雑で、重たい。
それを全部
「この人に入れたから」
「この人が悪いから」
に押しつけるのは、あまりにも雑だ。
最近は鳥取県民叩きまで見かける。
石破さん一人を悪者にして、地域ごと叩く流れには、正直うんざりする。
石破さんに度胸がなかった、判断が弱かった、
そういう評価はあっていい。
でも、あの立場で、あの圧力の中で、
完全に自由に動けたと思っている人が、どれだけいるだろう。
政治は個人の意思だけで動かない。
圧力、力関係、妥協、沈黙。
そういうものの集合体だ。
それを無視して
「こいつが悪い」
「この県が悪い」
にしてしまうのは、考えることを放棄しているのと同じだと思う。
だから私は、巻き込まれない心で投票した。
そして今、強く思う。
本当に大切なのは、
国民一人一人の精神性を上げること。
歴史を知ること。
日本を守り抜いてくださった英霊や、ご先祖さまに感謝をすること。
恐れや怒りではなく、
愛のある波動でいること。
それを知ったうえで、
日々の買い物ひとつ、行動ひとつ、選択ひとつ。
その積み重ねすべてが、広い意味での「選挙」なんだと思う。