胸 | 萬美(まんみ)~manmi~の《人生凸凹散歩道》

萬美(まんみ)~manmi~の《人生凸凹散歩道》

スピリチュアルカウンセラー。ボイストレーナー。
多発性骨髄腫と付き合いながら《人生凸凹散歩道》を堪能中。
《心健やかに生きるコツ》を書いている。

何か、生きるヒントになれば幸いです。

~あなたに幸せが燦燦と降りそそぎますように~

私の胸は形が全然違う。


でもこれは「名誉の負傷」というか《勲章》というか、私には愛しい傷だ。



7年前に乳ガンになった。
自分でコリコリを見つけた。

やはり焦った。

気にはしていたが日々の忙しさに逃げていた。


ある日、友人と温泉に行き、着替え中に「ちょっとコリコリするの、触って」と言ってみた。

何となく言ってみたくなったのだ。

友人は顔色を一切変えず、唐突に「ね、ね、明日病院に薬取りに行くの、付き合ってニコニコ」と言ってきた。


次の日、付き合いで病院に行ったら、待合室がどんどん変わる。

薬もらうだけで、診察室が並んでる、中の方の待合室に行く?と思っていたら、友人が呼ばれ中に入って行った。


と、思いきやすぐに出てきて「入って入って」と言う。

友人の計らいだったと気付く…。


しかも乳腺のチームにいたという先生だった。


こうして、手術→入院→治療生活が始まった。


手術は大学病院でということになり、ドキドキしながら主治医の先生と対面。

直感で、この先生ならと決めた。


右胸の部分切除とリンパ節をいくつか取った。

手術室は意外にもモーツァルトが流れていて、バッハの「G線上のアリア」で目覚めたのを覚えている。

「うわっ!目覚めるの早いね~」と主治医の先生の声がしたのを覚えている。


そして、リハビリをした。
放射線治療をした。
抗ガン治療をした。

髪が抜けた。

ホルモン治療をした。

異様に?太った。


でも、あれこそが私のラッキー人生の始まり。

人生が変わるきっかけだったと思う。


髪が抜けるからショートにした。
カツラも二種類買って楽しんだ。


辛かったが、あれがなければ今はない。


サイズも形も違う、私の胸。


私には《勲章》だ。
今、生きている喜びを感じられるから。


そして、人々に喜びを与える仕事に従事出来ているから。


毎日、不恰好で不揃いな胸と、だんだん小さくはなっていってるが、斜めについた右胸の《傷》を見ながら、生きていく《意志》を確かめる。


足踏みしても、
下を向きたくなっても、
悲しくなっても、


それでも


私は生きている。

生きているからには《使命》がある。


魂からのメッセージ通りにやっていこうと、毎日胸の傷を見る度に思うのだ。


不恰好だが、愛しいのだ。


そういえば検査に…行かなきゃなガーン