去年の昨日、3月11日、アタシたち夫婦は海外にいた。

滞在先のスタッフから日本の地震と津波のことを聞き、部屋でNHKを見た…。

目を疑う光景が何度も何度も繰り返され、他の番組も全て日本の大災害について放送していた。

アタシの横浜の実家は電話がつながらず(ずっと停電していたため)、だべあさんの実家はしばらくしてかろうじて通じたが、東北の親戚の安否は不明だった。

このまま旅行を続けるか否か…。
悩んだが、そもそも飛行機が日本に向けて飛んでいるのかいないのかもわからず、様子を見ながら滞在続行を決めた。

だべあさんの会社ともメールで連絡が取れたが、やはり混乱しているみたいだった。

滞在先では、アタシたちが日本人だとわかると、色々な方が声を掛けてくれた。家族は無事か、家は無事か。「実はわからない…。」と答えるのがやっとだったが、親身に日本のことを心配してくれる世界中の人達がいることに感謝した。

旅行中、本当にニュースは日本のこと一色だった。
幸いアタシの両親とも電話がつながり、旅行は最終日まで敢行する事ができた。

帰国便。
飛行機はガラガラだった。
日本人以外いなかった。
海外フラッグの航空会社だったから、きっとクルーも日本へ行くことに不安があったに違いない。

成田に着いたら、電車が動いていないとか、高速道路が閉鎖とか、水やガソリンがないとか、凄まじい混乱ぶりだった。想像以上の混乱ぶりだった。

なんとか家にたどり着き、被害がほとんどなかったことに安堵しつつ、再度東北の親戚の安否を尋ねるも、不明のまま…。(その後命の無事だけは確認できた。が、今は数人関東圏に移住している。)

次の日からは、食料品確保に必死。牛乳がない、水がない、卵がない…。

でもそんな日々はいつしか解消され、東京は普通の暮らしを取り戻していった。

そして、1年…。

復興に向けて、日本中どころか世界中から援助や励ましが沢山あり、胸が熱くなるのと同時に、今、微力なアタシたちに何が出来るのか、何をしなくてはいけないのか、もっと真剣に個人個人考えなくてはならない。平凡な幸せに感謝し、防災を意識し、災害で亡くなられた方々、被災された方々に恥ずかしくない生き方をして行きたい。