邦銀
こういう記事を読むとくらーい気持ちになるが、これもまた一つの真実ではある・・・。
http://blog.livedoor.jp/projectfinance/archives/51687299.html
結局のところ、今の日本の銀行は、「日本人による日本人の日本人のための銀行」そのもの。グローバルバンクなどというのは、絵に描いた餅に過ぎず、ただただデカイJapanese Local Bankである。メガバンクであっても、欧米に行けば地銀以下、というのが実情。
最近、サブプライムで欧米が勢いを失うのを見て、恐る恐る金を出し始めた、というところだろう。が、結局のところマネジメントなき出資に意味は無い。
経営者にマネジメント能力が無い⇒仕事をしない人間が企画に集まり、経営に入る⇒仕事をしない・あるいは余計な仕事を作る人間が増える⇒営業面で悪影響が出る⇒・・・という悪循環であることに気づかなければ何も始まらない。わが社でも使えない人間が重要なポジションに行ってしまい、本当に組織丸ごと使えなくなることが多々ある。能力の力学ではなく、人間関係の力学で動いているからそういうことになる。
では優れたマネージャーが育たない理由は何かといえば、非常に簡単である。権限委譲と管理強化が中途半端(というより本末転倒)だからである。正しい形で任せてもらえなければ、人が育つはずが無い。
日本でも海外でもそうだが、わが社でも意味の無いハンコを連ねているケースが非常に目立つ。ハンコを連ねれば連ねるほど、意思決定は遅れる。それを問題だと思わなくてはならない。管理強化はハンコを縦に連ねることではなく、横に強力なミドルオフィスを持って行うべきである。有能なミドルオフィスは、いかにハンコを増やさずに効率的に管理を強化できるかを考える。
海外展開においては、権限委譲がさらに重要だ。日系企業とビジネスしたがらない海外企業が多い理由の一つは、意思決定がそこで終わらないからである。意思を決定できない組織体とビジネスをする暇人は居ない。
日本語対応で日本人が必要だというのはわかるが、経営階層が全て日本人である必要などまるで無い。ローカルに運営は任せつつ、日本とのパイプで最低限必要な日本人を置くだけでよいはずだ。何でも任せるのが不安であるなら、金額でバーを設ければ良いだけの話だ。
無論、権限委譲は責任強化(信賞必罰)・管理強化とセットで行わなくてはならない。
普段の運営を任せるには、様々な制度を全て日本と統一している今の構成は全て改める必要がある。今の制度は日本で決めて海外でも適用するという一方通行のものばかりで、しかもたいていのものが日本と寸分違わず一致している。それを支えるシステムや法制度はバラバラなのに、だ。
一方で、人事制度や組織制度(権限委譲レベル)は、今のように複雑怪奇な日本ローカル対応は論外として、ある程度グローバルにシンプルかつ統一されたものを作っておく必要があるかもしれない。ただその場合でも、日本を中心に考えるのではなく、双方向で考えなくてはならないのではないか。海外の優秀な人材が本社のマネジメントに入っていける組織体が理想であるが、そこまで行くにはわが社が外資系に買収されて経営会議が英語にならない限り無理かもしれない。。。南無。
一方で組織の話をすると、邦銀の組織には良く「企画部」なるものがある。それも、○○企画部、という形で各組織にあるといっても過言ではない。不思議なことに、ここだけ妙に権限委譲されている。というより、経営層が経営というマネジメントの怪物をここにケアさせているのである。それも、責任の所在は不明確なままに。上段で述べたとおり、ここに来ている人たちの中には、悪循環を生む原因になっている人もかなりいる。
人事も同様である。優れたマネージャーが経営層にたくさんいるのであれば、あえて人事部を強化する必要は全く無い。HRというのは、本来雑多な管理を行っていればいい組織のはずであって、マネージャーとしての最も大切な役割である人事権を放棄してしまっては何もならない。
この両組織とも、権限委譲の意味を履き違えた間違いの賜物、であると俺は思う。
結論を言えば、。
・権限委譲(と効率的な管理強化)が不徹底であり、かつ任せるべき人に任せずどうでもいい組織が強化されている。その裏返しとして責任の所在も不明確である。
・結果として人は育たず(あるいは育つべき人が居なくなってしまう)、マネジメントのできない人間が上に残る。
これが、実態なのだろうと思う。
暗い話だが、それでもしぶとく生き残っているということは、そんなヒドイ状況下でも結果を出せる人間が多いということの裏返しではないか、という見方も出来るだろう。個人的には、一度とんでもない状況に追い込まれてみたら、この組織も大きく変わるのではないか、そんな風に思ったりしている。どう転ぶかわからないけど。
http://blog.livedoor.jp/projectfinance/archives/51687299.html
結局のところ、今の日本の銀行は、「日本人による日本人の日本人のための銀行」そのもの。グローバルバンクなどというのは、絵に描いた餅に過ぎず、ただただデカイJapanese Local Bankである。メガバンクであっても、欧米に行けば地銀以下、というのが実情。
最近、サブプライムで欧米が勢いを失うのを見て、恐る恐る金を出し始めた、というところだろう。が、結局のところマネジメントなき出資に意味は無い。
経営者にマネジメント能力が無い⇒仕事をしない人間が企画に集まり、経営に入る⇒仕事をしない・あるいは余計な仕事を作る人間が増える⇒営業面で悪影響が出る⇒・・・という悪循環であることに気づかなければ何も始まらない。わが社でも使えない人間が重要なポジションに行ってしまい、本当に組織丸ごと使えなくなることが多々ある。能力の力学ではなく、人間関係の力学で動いているからそういうことになる。
では優れたマネージャーが育たない理由は何かといえば、非常に簡単である。権限委譲と管理強化が中途半端(というより本末転倒)だからである。正しい形で任せてもらえなければ、人が育つはずが無い。
日本でも海外でもそうだが、わが社でも意味の無いハンコを連ねているケースが非常に目立つ。ハンコを連ねれば連ねるほど、意思決定は遅れる。それを問題だと思わなくてはならない。管理強化はハンコを縦に連ねることではなく、横に強力なミドルオフィスを持って行うべきである。有能なミドルオフィスは、いかにハンコを増やさずに効率的に管理を強化できるかを考える。
海外展開においては、権限委譲がさらに重要だ。日系企業とビジネスしたがらない海外企業が多い理由の一つは、意思決定がそこで終わらないからである。意思を決定できない組織体とビジネスをする暇人は居ない。
日本語対応で日本人が必要だというのはわかるが、経営階層が全て日本人である必要などまるで無い。ローカルに運営は任せつつ、日本とのパイプで最低限必要な日本人を置くだけでよいはずだ。何でも任せるのが不安であるなら、金額でバーを設ければ良いだけの話だ。
無論、権限委譲は責任強化(信賞必罰)・管理強化とセットで行わなくてはならない。
普段の運営を任せるには、様々な制度を全て日本と統一している今の構成は全て改める必要がある。今の制度は日本で決めて海外でも適用するという一方通行のものばかりで、しかもたいていのものが日本と寸分違わず一致している。それを支えるシステムや法制度はバラバラなのに、だ。
一方で、人事制度や組織制度(権限委譲レベル)は、今のように複雑怪奇な日本ローカル対応は論外として、ある程度グローバルにシンプルかつ統一されたものを作っておく必要があるかもしれない。ただその場合でも、日本を中心に考えるのではなく、双方向で考えなくてはならないのではないか。海外の優秀な人材が本社のマネジメントに入っていける組織体が理想であるが、そこまで行くにはわが社が外資系に買収されて経営会議が英語にならない限り無理かもしれない。。。南無。
一方で組織の話をすると、邦銀の組織には良く「企画部」なるものがある。それも、○○企画部、という形で各組織にあるといっても過言ではない。不思議なことに、ここだけ妙に権限委譲されている。というより、経営層が経営というマネジメントの怪物をここにケアさせているのである。それも、責任の所在は不明確なままに。上段で述べたとおり、ここに来ている人たちの中には、悪循環を生む原因になっている人もかなりいる。
人事も同様である。優れたマネージャーが経営層にたくさんいるのであれば、あえて人事部を強化する必要は全く無い。HRというのは、本来雑多な管理を行っていればいい組織のはずであって、マネージャーとしての最も大切な役割である人事権を放棄してしまっては何もならない。
この両組織とも、権限委譲の意味を履き違えた間違いの賜物、であると俺は思う。
結論を言えば、。
・権限委譲(と効率的な管理強化)が不徹底であり、かつ任せるべき人に任せずどうでもいい組織が強化されている。その裏返しとして責任の所在も不明確である。
・結果として人は育たず(あるいは育つべき人が居なくなってしまう)、マネジメントのできない人間が上に残る。
これが、実態なのだろうと思う。
暗い話だが、それでもしぶとく生き残っているということは、そんなヒドイ状況下でも結果を出せる人間が多いということの裏返しではないか、という見方も出来るだろう。個人的には、一度とんでもない状況に追い込まれてみたら、この組織も大きく変わるのではないか、そんな風に思ったりしている。どう転ぶかわからないけど。