はじめまして皆さん、これはブログです。
私は苦しいとき文字を打ちました。
手書きで、パソコンで、スマホで、色々な媒体で文字を書きました。だから上手くなったわけじゃないのですけれども、ともかく私の苦悩と憎しみは文字とともにありました。
文字は私の最良の理解者であり、良い癒し手でございました。私はときどきは文字が憎くもなりましたが、それでも文字がそばにあったがためにここまでのうのうと生き長らえて恥さらしな人生を歩んできてしまったのでした。
私は独りぼっちで文字を書くとき、いつでも心がぐちゃぐちゃでございました。泣きながら書きました。それは寂しいゆえであったのでしょう。私の文字も泣いておりました。
ですので私が誰にも暴かれないままに一人ぼっちではなくなるために、メモの場所をここへ移すことを決めました。
お付き合いくださいませとは申しません。これらの文字はくその役にも立たない単なる羅列でございます。
読まなくて構いません。
けれどもしも心の一端に引っかかったなら、あなたの興味の一欠片でもこの掃き溜めにこぼしてくれたなら、こんなに嬉しいことはございません。


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私は心が脆弱です。
普通の人ならば傷ひとつつかぬような、なんてことない瑣末な出来事でも、薄皮のような私のこころを引き裂きズタズタのぼろ雑巾にできてしまえます。
なぜそう生まれついてしまったのか、私は私の生まれを憎むばかりです。罪を犯した前世の自分を心から憎むばかりです。
からだの脆弱ならも少しやりようがあったかもしれません。人間の体は調べるところがなくなるまで調べあげられておりますし、そうと分かるほど目に見える脆弱でしたなら誰か手を差し伸べてくれる人もあったでしょう。
こころの脆弱はだめなのです。すべては私が悪いのです。こころの脆弱は惨めなばかりです。何一つ弁解の余地がないほど、こころの悪いところというのは、それを持っているだけで「こいつは使い物にならぬ愚図であります」と張り紙がしてあるようなものなのです。
私のこころにあります悪いところというのは、ひとつには積極性がないこと、ふたつには余りにも繊細すぎることが挙げられます。
まず積極性がないというのは、自己肯定感が低くいつでも何でも「どうせお前はだめだ」と思っていることです。自分のことを嫌うあまり、軽蔑するあまり、自分から高みへ向かうための努力をしないことです。努力は嫌いなのです。これは人間として、しばしば「最も悪い」類のものとして数えられます。人々はある程度恵まれた社会にいると、多少程度才能や能力のない者も救済されるため、努力の量と質でその人の能力をはかることがあります。
つまり私のように、能力がなく、かつこころの脆弱のために努力もできぬ者は、人間として最低最悪の粗悪品なのでございます。
そして繊細すぎるというのは、端的に言ってつまりは傷つきやすいということです。繊細と言うと聞こえはいいが、様はものすごく弱いのです。ものすごく、ものすごくです。
妄想のなかに作った敵と常に戦い、敗れ続け、傷つき続け、自分で自分のこころを使い物にならなくしてしまうのです。人混みにいれば嘲笑と侮蔑が聞こえ、誰も居ぬ場では自分が自分を責めることです。
なんと馬鹿らしいことでしょうか、気にしなければ、気にしさえしなければもっと平穏でいられるのに、無能ゆえにそれができないのです。今まで生きてきてできた試しがありませんでした。
「考え方を変えてみましょう」と、そうしようとしたこともありましたが、徒労でございました。




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私には能力がありません。故に夢や希望や、将来の見通しや、生きていく上で標となるものが何一つありません。
できることがありませんので、日常はいつでも失敗が続いていきます。失敗をすると妄想の敵が増えます。彼らは増えるが減りません。増えると私のこころはひどく傷つき、そして能力を失ってゆきます。
私に出来ることはもはやほとんどありません。
奪い取られてしまったのです。
今私は、残ったちっぽけな私を守るために、耳を塞いでうずくまりなるべくこれ以上傷つかないようにすることしかできません。
そしてこれから先も小さくなっていくことでしょう。




*頭の中の有象無象の話です。イメージの言語化とは程遠いものです。
現実に起きている話とそうでないものが混じりますし、それらを私があとから訂正してまわることもおそらくございません。
信じないでください。慰めないでください。
それから、これが一番困るのですが、あなたの傷穴を見せにこないでください。
「私も辛かった」のはなしをされても、私の辛いとあなたの辛いは絶対違うので困ります。私はあなたの苦しみになにもしてあげられることはありません。辛い自慢大会が始まったらもう目もあてられません、それは酷い惨劇です。どちらが辛いか競う必要なんかないのです。どちらも辛いのです。数字などありません。数字で測れぬものを比べっこするのは無意味です。
私はあなたと辛いを競いたくありません。
誰とも競いたくありません。
競って勝利しなければ嘆く権利が得られないような世の中ではないはずなのです。どうか分かってください。私はあなたが辛いことを聞きたくありません。聞くために書いているのではありません。
私は私が苦しまなくて済むように、その苦しみがほんの少しでも減るようにかいています。私のためです。ほかの誰のためでもありません。




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