半年たって、やっと書き込めるようになりました。

重い出来事だったから。

3月の終わりに 広島へ家族で行く機会がありました。

それなりに見えない世界の修行であったが、とにかく広島駅に降り立ち、

2時間ほどの空き時間があり、広島と長崎を順に見る修学旅行で長崎を経験した

子供②は原爆ドームを見に行きたいといい、子供①は一緒に行くと言い、

私はひどく行きたくなかったけど、

単独行動はこの際いけないことなのでみなに従い電車に乗り

初めての広島の市街地に出かけたのでした。



そごうデパートの近くで電車を降り少し歩いて角を曲がると

TVでも写真でもよく見る原爆ドームです。

大きな木陰が涼しい気持ちのよいお天気の日でした。

原爆ドームの周りにはさすがに大勢の観光客がいます。

外国の人たちもいます。

プレートには英字であの日のことが書かれているのでしょう。

そんなことを考えながら子供たちと写真を撮ったりしていると

なぜかがあふれてきたのです。

そのうち、こみ上げてきて大声で子供のようにきたくなってしまいました。

ああ、やばいね。

と夫が気が付いてドームから離れた所に連れて行ってくれました。

周りの私に気がついた外国人は怪訝な顔をしていましたが、

そんなことにはかまってはいられませんでした。

両方の目からぼろぼろ ぼろぼろ 涙が止まりません。

あそこには、まだまだまだ沢山の霊が悲しみの中でさまよっているのです。

気が付いている人も世の中には沢山いると思いますが

どうしようも出来ないのでしょう。

供養が届かなければずっとそのままなのです。


あそこに居る人たちは自分が亡くなったということもわからずにいるのです。

ずっと苦しいのです。

そして、少しおさまったので、川沿いを橋の方へ皆で歩いていくと、

子供①、②がいまにも川に落ちそうなくらいヘリを歩いているでは・・・

「「川から離れて」と言わないと足を滑らせたら落ちるような気がしました。

では、原爆記念館へ行こうよと橋を渡りかけたら、なんと、


右腕を雪かきで痛めていたので左手で支えていたのにもかかわらず、

容赦なく右腕をぐっと川の方にひっぱられました。

痛いのになんてことするんだ!!   

うなるくらいの痛さで、何もどこにも行きたくなくなってしまったのでした。

もう、霊体になっていて必死なので人のことなどおかまいなしで、

私のように反応するものにとにかくつかまりたい、助けて欲しい一心なのです。

でも私の縁者ではないのでだめです。

縁につながるものしか供養は届かないので 

私は違うよ。私について来てはいけない。と言ったのです。

これがあの世のものとこの世のものとのルールなのです。

たまたま、あの世もこの世も感じるとこのようになってしまうのです。

泣きべそのおばさんと中年のおじさんが2人でカフエでお茶してるなんて

楽しくない図でした。

毎年毎年原爆の日に沢山のお参りがあるにもかかわらず

誰も何も成仏していないということです。  


これはとても悲しい確信でした。