


キラキラシャンティー・エレステアが
銀座でイベント開催いたします

銀座 ぎおん石 ギャラリー4階
9月2日~8日 11時~19時30分
初日14時から 最終日17時まで

とても美しく煌めくアイテムが大集合しています






●12時~ご予約いただきました
私は魂の似顔絵を描きに上記日時にイベント会場におります

*所要時間およろ60分
ピンときた方


8月青森一人旅
三内丸山遺跡
(さんないまるやまいせき)
ボランティアガイドさんをお願いして
建物の中にある「時遊トンネル」を抜けると
広々とした遺跡の「ムラ」が・・・
この遺跡は江戸時代から知られていましたが
平成4年(だったと思う)に
野球場を作るということで工事を始めたら
ただならぬ縄文時代の遺跡が出土したため
野球場工事は中止され遺跡の保存を決定したとのこと。
今も発掘が続けられていて
掘ればざくざく出土しているそうです。
そしてなんと、広大な敷地は「ムラ」としての集団生活の場であり
およそ1500年の長きにわたって
平和で機能的で文化的な生活が続いていたそうです
1500年ってすごくないですか!?
平和だったんですよ!
(調査の結果、争いは無かったようだと判明しているそうです)
まだまだ縄文時代のビックリは続きますよ~
ものすごく良い天気で空が高いです~
↓復元された住居が見えます
ちょっと小高いこの丘は「南盛土」といって
「燃えないゴミ置き場」。
ガイドさん曰く「1500年間の燃えないゴミが蓄積されて
丘のようになった」とのこと。
↓暗くてわかり辛いですが
地層には数々の土器やらなんやらが
埋まっていて見ることができます!
これはレプリカでなくて本物の地層なんですよ
↓竪穴式住居
これまでに550棟が発見されたそうです!
ちょっとしたニュータウンですね
復元は15棟とのこと。
ここの「ムラ」は
ちゃんと区画整理されていた事がわかっていて
とても広い道を挟んで
住居と離れたところに大人のお墓、
子どものお墓は住居と近いところで
土器に入れられ埋葬されているそうです。
↓広い道路
この広い道路も
なぜ車や馬車やそういったものが無い時代に
これだけの広い道路が必要だったのか・・・
謎に包まれているそうです。
↓掘立柱建物跡
地面に穴を掘り柱を立てた建物跡です。
遺跡中央部分でまとまってみつかったそう。
高床式の建物だったろうと考え復元したそうです。
↓こちらは「北の谷」
燃えるごみ置き場だそうですが
泥炭層だそうで水分が多く
空気からもさえぎられていたため
木製品や漆器、動物や魚の骨や植物の種子などが
残っていたそうです。
柱穴が6つあり六本柱の長方形建物が建っていたと
考えられているそう。
柱穴はいずれも直径・深さとも2Mと大きく
穴の間隔は全て4.2mとのこと。
中に栗の木の柱が残っていたそうです。
縄文時代にも基本になる長さの単位があって
ちゃんと計算に基づいて建物を作っていたのですね~
びっくりです!
↓きっとこうだっただろうという創造の元に復元した建物
直径約2mの栗の木を6本。
どうやって立てたのか謎だそうで
だいたい直径2mの栗の木が存在すること自体も
謎なのだそう・・・。
(復元のためにロシアから直径2mの栗の木を
運んだそうですよ。日本ではそんな大きな栗の木が
見つかららなかったみたいです)
どうやらこの時代は栗の木を食用にも資材にも
使っていたようです。
しかも!栗の木のDNAを調べたところ
自然に生えている栗ではなく
ちゃんと管理栽培された栗の木だったということが
わかったのですって
縄文時代から計画的に植林栽培していたんですね~
びっくりです
続く
読んでいただきありがとうございます
私の宣言
動物実験のしていない化粧品・シャンプー・洗剤類を使います
動物の負担を減らす衣食住を実践します力になれたら・・・
福島の被災動物たちを支援活動してる方のブログです
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