今日、ツイッターでこのようなつぶやきを見つけました。
「 この数日、テレビに目が釘付けになってしまい、あまりの無力感で正直何もする気が起きませんでしたが、恥ずかしながら父から送られて来たこちらのリンクで目が覚めました。僕らでもできる事って何かあるはず。考えなきゃ。 #prayforjapan http://t.co/z4F7d6X」
http://t.co/z4F7d6X
多くの私達がこの方と同じように過ごしていらっしゃるかもしれません。私もそうですが。
このサイトを読むと感動で涙がでてきました。そして希望をもってものごとを考えることができるようになりました。
私は地震が起きた時は京都でクラスの真っ最中でした。私達は揺れに気づきませんでした。京都でも揺れに気づいた方はいらっしゃったので、場所によって異なるのでしょう。
そして遅れて参加した方が4時30分頃にいらっしゃいました。いつものように、「今日はどんな感じですか。何を課題にしたいですか」と聞くと、「関東の方で地震が起きたのですが、東京の弟と連絡がとれないので不安で!」と泣きながらお話になりました。そして私達はテレビをつけてみました。そうすると、テレビの中の映像は津波で街が流されている状況でした。
それを見ていた私達の首が縮み、固くなってきました。そして胴体が前のめりになり、まるで画面の中にいるかのような悲惨な気落ちになってくるのでした。不安で何もできなくなるような気持ちでした。
そこで首が楽になっていって、胴体が起き上がってくるようになってくるようなワークをしました。そうすると、「今、ここにいる」のであって、「あの画面の中にいるのではない」ことが感じられました。
そうすると、悲しんでばかりいたり、不安になってばかりいるのではなく、または怒ってばかりいるのではなく、落ち着いてきました。そしてテレビの中で起こっていることを知覚して、そこの人々に共感することができるようになりました。
「首を固くして、胴体が前のめり」になると、自分がまっただ中にいると共感ではなく、同調してしまいます。同調すると、ただ無力感にうちひしがれてしまします。恐らく人の気持ちや状況に共感することと、同調することとは異なることなのではないかと私は思います。
昨日のカルチャーセンターのクラスで生徒の方々がおっしゃったことは、「今、起きていることを見ないことにしてしまいたい」「自分の悲しい気持ちにふたをしてしまいたい」「今、楽しいことをしたいと思っても罪悪感を感じてしまう」「怖い」「不安」「阪神大震災の時のことを思い出して苦しい」「何かしなくっちゃ!」など。
レッスンで首が楽になって、自分自身全体を思い出し、足が床についていることを思い出すワークをしました。そして自分の周りの空間を思い出してみると、空間を思い出すことがサポートになって自分自身を取り戻し
そうすると、自分の苦しい気持ち、怒り、不安、悲しみを見つめることができてきました。そして「私は今、何をすべきか」ということが頭に浮かんできたのでした。
それは前屈みになって、「何かしなくっちゃ!」「何かをすべきだ!」というのとは異なる感覚だったとある方がおっしゃっていました。
3月20日(日)大阪で関西に住むアレクサンダーテクニーク教師が集まって、ボランティアセッションを行います。
身体と心の疲れを解放し、自分自身に向かい合い、安心して「今、ここにいる」という感覚をもつ時間にしたいと思います。多くの方々とそのような時間を持てることを楽しみにしています。
詳細はまたお知らせいたします。
「 この数日、テレビに目が釘付けになってしまい、あまりの無力感で正直何もする気が起きませんでしたが、恥ずかしながら父から送られて来たこちらのリンクで目が覚めました。僕らでもできる事って何かあるはず。考えなきゃ。 #prayforjapan http://t.co/z4F7d6X」
http://t.co/z4F7d6X
多くの私達がこの方と同じように過ごしていらっしゃるかもしれません。私もそうですが。
このサイトを読むと感動で涙がでてきました。そして希望をもってものごとを考えることができるようになりました。
私は地震が起きた時は京都でクラスの真っ最中でした。私達は揺れに気づきませんでした。京都でも揺れに気づいた方はいらっしゃったので、場所によって異なるのでしょう。
そして遅れて参加した方が4時30分頃にいらっしゃいました。いつものように、「今日はどんな感じですか。何を課題にしたいですか」と聞くと、「関東の方で地震が起きたのですが、東京の弟と連絡がとれないので不安で!」と泣きながらお話になりました。そして私達はテレビをつけてみました。そうすると、テレビの中の映像は津波で街が流されている状況でした。
それを見ていた私達の首が縮み、固くなってきました。そして胴体が前のめりになり、まるで画面の中にいるかのような悲惨な気落ちになってくるのでした。不安で何もできなくなるような気持ちでした。
そこで首が楽になっていって、胴体が起き上がってくるようになってくるようなワークをしました。そうすると、「今、ここにいる」のであって、「あの画面の中にいるのではない」ことが感じられました。
そうすると、悲しんでばかりいたり、不安になってばかりいるのではなく、または怒ってばかりいるのではなく、落ち着いてきました。そしてテレビの中で起こっていることを知覚して、そこの人々に共感することができるようになりました。
「首を固くして、胴体が前のめり」になると、自分がまっただ中にいると共感ではなく、同調してしまいます。同調すると、ただ無力感にうちひしがれてしまします。恐らく人の気持ちや状況に共感することと、同調することとは異なることなのではないかと私は思います。
昨日のカルチャーセンターのクラスで生徒の方々がおっしゃったことは、「今、起きていることを見ないことにしてしまいたい」「自分の悲しい気持ちにふたをしてしまいたい」「今、楽しいことをしたいと思っても罪悪感を感じてしまう」「怖い」「不安」「阪神大震災の時のことを思い出して苦しい」「何かしなくっちゃ!」など。
レッスンで首が楽になって、自分自身全体を思い出し、足が床についていることを思い出すワークをしました。そして自分の周りの空間を思い出してみると、空間を思い出すことがサポートになって自分自身を取り戻し
そうすると、自分の苦しい気持ち、怒り、不安、悲しみを見つめることができてきました。そして「私は今、何をすべきか」ということが頭に浮かんできたのでした。
それは前屈みになって、「何かしなくっちゃ!」「何かをすべきだ!」というのとは異なる感覚だったとある方がおっしゃっていました。
3月20日(日)大阪で関西に住むアレクサンダーテクニーク教師が集まって、ボランティアセッションを行います。
身体と心の疲れを解放し、自分自身に向かい合い、安心して「今、ここにいる」という感覚をもつ時間にしたいと思います。多くの方々とそのような時間を持てることを楽しみにしています。
詳細はまたお知らせいたします。