今回の難病ピア・サポーターの内容は「語り手と聴き手の体験」の第1回目。


受講生は順番に語り手と聴き手を体験する内容です。

前回の研修の帰り際に、語り手のトップバッターは誰からか!?と受講生の間で話題になりました。

「当日、語り手になったら何を話せばいいのか困るよね。」
と、誰とは決まっていなかったのです。


数日後、難病相談支援センターの職員の方から連絡がありました。

「五十音順で順番を決めようかと思ったけれど、語り手のトップバッターはミノコさんが一番良いと思ってお願いの連絡です。」
と、語り手のトップバッターを私が任命されました。

語るテーマを考えてみましたが、病気になって今までの全ての出来事を伝えたいと思いました。

入院中の治療内容とその日の体調や副作用や出来事を綴っていたノートを広げてみました。

そのノートを読む度に泣いていましたが、最近は振り返っても泣く事もなく、夜な夜な泣いていた事もなくなり、3年経ってようやく肺動脈性肺高血圧症という病気を受け入れられた自分がいる事も語ろうと思いました。

今まで誰にも語らなかった事も伝えようと決意しました。

頭の中にある伝えたい内容は決まったので原稿は作りませんでした。


語り手の日。

救急搬送される前日と当日の出来事、循環不全になった時の気持ちと意識を取り戻した時の気持ち、主治医や担当医の事、ICUと病棟の看護師さんの事、同病の方と知り合った事、患者会を立ち上げて沢山の方に活動の指針を教えていただいている事を語りました。


聴き手の受講生の仲間からコメントをいただき、難病相談支援センターの職員の方々からもコメントをいただきました。

私の語りに受講生の皆さんのコメントはピア・サポーターとしての素質が備わっていると感じました。

私は語る事で振り返りが出来て、3年間の気持ちをこの先も忘れずに持ち続けたいと思いました。


原稿もなく語ったので、受講生仲間から
「原稿がないと語れない。」
と、声があがりましたが、難病相談支援センターの職員から
「ミノコさんは語れる経験をすでに積んでいるから、原稿がなくても語れるのだと思います。」
と、話されていました。


共同募金の「運営費」「地域から孤立をなくそう」の面接や、配分式後の交流会での挨拶、「病気の子どもを持つ家族のための講演会」での患者会活動の紹介で、語る経験を積んで来ていたのかと、あの経験がいかされている事に初めて気付かされました。爆笑

その事を見抜いて私をトップバッターに指名されたのかな!?

難病ピア・サポーター養成研修では良い経験をさせていただきました。


次回の語り手の2人は決まりました。

今度は聴き手の経験を勉強させていただきます。