ヒックマン・ガンツ・カテーテル刺入して2年経ちました。

生きるために覚悟を決めて刺入しましたが、正直なところ、カテーテル刺入をしてから生活するイメージが湧きませんでした。

刺入当時は、消毒から何から何まで看護師さんにやって頂いてました。

リハビリをして、ベッドから立ち上がる事ができるようになった頃に、看護師さん立ち会いのもとエポプロテノールACTの調製練習を始めました。

歩行可能になり、4人部屋へ移動して、自分でカテーテル刺入部の消毒とエポプロステノールACTの調製をして、ルート交換やプライミングのやり方をできるまでになりました。

できるといっても看護師さんの見守りがあっての一連の作業でした。

退院に向けて、病院で主治医T先生病棟看護師さん外来看護師さん訪問看護師さんと、病状報告の確認していました。

ある方のブログで、「フローランの事はざっくりと知っているし、使っている方のブログを拝見しているので心配はなし。」と、書かれてありましたが、そういう方もおられるのだと驚きました。

私は入院中、フローランでカテーテルされている病友さんとお逢いして、話ができて心強かったし、昨年の全国PA大会へ参加して、フローランを離脱された方の患者体験談を聴いて、勇気と励みになりました。

同病の方々と情報交換する事は、私にとって、とても大切な生きていくための糧になります。

エポプロステノールACTの濃度と流速もここ1年間は固定でしたが、減量する日も近くなり、副作用も軽減されるはず。

2年経っても副作用の症状には慣れないですね。

入浴前の準備や入浴後のカテーテル刺入部の消毒に時間を取られるし、エポプロステノールACTの調製と週2回のルート交換の時間も掛かります。

刺入部が感染しないように気を付けないといけないし、ルートの長さの変化にも気を付けなければいけない。

気温が高いと気泡ができやすくなるし、保冷しなければならないので、遠方へ出掛けるときはコンビニが近くにあるかチェックします。

カテーテル生活は楽しいものではないし、先日の温泉宿に入浴拒否されましたし、プールも海にも入れません。

2年経っても慣れたくありません。

1年後はどんな気持ちでいるのかな?