日参加したスピーキングコンテストへのコメント皆さんどうもありがとうございます!!!
いろいろ褒めてもらちゃって。。ちょっと照れます~。☆。

ということで、勝手に「皆さんがスピーチの前文を読みたいのでは?」と思い調子に乗って、披露しちゃいます!!!

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私は台湾で日本語教師になるために今中国語を勉強している。

なぜなら台湾と日本の架け橋になりたいからだ。

最初の台湾のイメージは言葉は通じないし、空気も悪いというイメージだった。

でも今は台湾を愛して止まず、こうして生活している!
それは初めて台湾へ行ったときの偶然の出会いがきっかけであった。

―100元札の出会い―
2年前の9月。私は1週間ほど休みをとって台湾へ来た。
知っている中国語は你好だけ。ひとり旅だった。

それは台北から九份へ向かうバスで運転手の中国語が分からなかったときのこと。
私は一言も聞き取れず困っていたところ、
偶然前の席に日本人の男性がいて、翻訳してくれた。
どうやら、この100元札ではバスに乗れないらしい。台湾のバスはおつりが出ないことを私は知らなかった。

彼は吉岡さんという日本人で台湾で働く駐在員だった。
バスの中で彼と話をした。
私が日本語教師になりたいことを話すと、台湾の斗六の大学で日本語の先生をしている女性を知っているという。
私は後日休みを取って彼女のいる斗六の環球技術学院大学へ訪問した。二度目の台湾。

環球技術学院大学では多くの日本語を勉強する学生が本当に私を温かく迎えてくれた。
日本は世界の中でもとても小さな国なのにこんなに多くの学生が日本に興味を持ち、日本語を勉強していることがとても嬉しかった。

しかし、彼らは日本人と交流する機会は全くなかった。
そこで私は彼らと日本の学生の交流の機会を作りたいと考えるようになった。


そんな時また偶然の奇跡が起きた。


私の所属している国際交流財団が、新しくアジアとの交流相手を探していたからだ。
私は台湾の斗六の環球技術学院のことを紹介し、台湾への派遣が決定した!

私は財団のおじさんを連れて斗六へ視察に行った。私の三度目の台湾。
この大学では初めての国際交流だということもあって大歓迎してくれた。
紹興酒で何度も乾杯して、交流の始まりを喜んだ。

そして、来年3月正式に日本から10名の学生が台湾環球技術学院大学へ派遣されることとなった。

私は偶然にも日本と台湾の架け橋になれたことをとても嬉しく思う。
そしてこれからは台湾で日本語教師として、より多くの出会いの場を作っていきたいと思う。

すべての始まりはおつりの出ない100元札から。もし、困ることなくバス乗れたら、あるいはあのバスに乗らなかったら、今私はここに立っていません。
偶然の出会いがチャンスを生み、人から人へとつながっていく。
そのつながりを大切にしていきたい。


皆さんも今日素敵な出会いがあるかも知れませんよ。

最後に協力してくれた多くの人に感謝したいと思います。
本当にありがとう