
少年が歩み出て言った。
「王様は裸じゃないか!」
それを聞いた僕は、そうだその通りだ、王様は裸だ。その声は喉まで出た。
でも口から出る前にさえぎる声があった。
少年の母親と思われる女が少年につかみかかっている。
「何を馬鹿なことを言っているの!この子は!王様が裸なわけないじゃない!」
「だって、、、王様は裸だよ、、、」
少年が言い終わる前に女は少年の頬を強く叩いていた。乾いた音が響いた。
一瞬の静寂があった。
女は膝をつき少年の目線になり言う。
「王様は美しい着物を召しておられるの。そうでしょ?みんなそう言っているんだから」
「だって、、、王様は裸だよ、、、」
少年の声は細い。少年はわけがわからないといった顔をしている。
そこへ馬に乗った大臣が現れる。
「何の騒ぎだ?」
横柄な態度である。
誰かが笑い交じりに答える。
「いやあ、変な子がね、王様が裸だなんて言いましてねえ、へっへっへ。ちょっと、、、おかしいんじゃないですかねえ」
大臣は馬上の上で憮然と表情も変えない。
「そんなデマをいう奴がいる。王様が裸だなんていうのはデマだ。科学的根拠はない。陰謀論だ。王様は美しい着物を召しておられる」
その時にはもう少年も母親の姿は見えなくなっていた。
大臣は去っていった。
僕は、「いや、王様は裸だ」そう思った。そう思ったが、口からその言葉は出なかった。
大臣が去った後、人々は口々に言った。
「王様が裸だなんて。何を馬鹿なことを言うかねえ、そんなわけないじゃないか」
「全くその通り、馬鹿なことを言うもんだ」
「陰謀論?なんでしょ?ほんとにもうオカシナ人が多いわね」
僕は口を噤んだ。
少年の母親と思われる女の言葉を思い浮かべていた。
「みんなそう言っているんだから」「みんなそう言っているんだから」「みんなそう言っているんだから」
そうだ、みんなそう言っているんだ。
それでいいんだ。僕は考えることを止めた。
あの少年も考えることを止めるのだろうか。いや、そんなことを考えることも僕はしなかった。
おわり