ロシア領で見た人魚のしっぽの話
むつみちゃん、夏休みを楽しんでいますか?
わたしは20年くらい会っていない岡山県のおばさんから、暑中見舞いの長い手紙が届き、どう返事したものかと悩んでいます。
さて、そろそろお誕生日ですね。
お誕生日といえば、プレゼントの日ですよね!
どんなプレゼントなら喜んでくれるかな?と考えた結果、ちょうど手近にあった人魚のしっぽのバスボムをプレゼントすることにしました。
このバスボムは、お風呂に入れると爆発的に泡が出て、お湯がどぎついむらさきに染まります。
どれくらいやばくて破壊力があるかは、おうちのお風呂で試してみてください。
もしも肌がむらさき色に染まっちゃったら、本当にごめんね。
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さて、最近の旅の話でもしましょうか。
わたしは先月、ロシア領のフラサコフ村の、ソイーリャ岬に行ってきました。
「岬」って、なんだか知っているかな。
岬っていうのは海に向かって突き出している、長ほそい地形のことです。
フラサコフは、雪をかぶった山々に抱かれた小さな村で、村の通りには、まるでおもちゃのようなペンキ塗りの小さな家が寄っちくらって並んでいます。集落を出るとすぐ目の前に大きめの石が転がる海岸があり、その先は冷たい海とさむざむしいくもり空です。
さて、海岸沿いのガタガタ道を20分ほど歩くと、ソイーリャ岬が見えてきます。
ソイーリャ岬を遠くから見ると、白い点のようなカモメが無数に上空を舞っているのがわかります。この岬の上空はギャアギャア鳴いたりバタバタ羽ばたいたりするカモメだらけで、つばさがぶつかって落ちそうな距離すれすれを飛び交っています。
あまりにカモメが多いので、わたしは、ヒッチコックの「鳥」という恐怖映画を思い出していました。人間がたくさんのカモメにたかられて血まみれになる映画です。
カモメの数だけで言えばソイーリャ岬は「鳥2」のロケ地に使えそうでした。
さて、このカモメたちは夏になると、ヒナに餌をやるために風に乗り、遠くの海上に魚を探しに行くのですが、このロシア領(ゾヴイバイ)では、太陽が、ぶたいの幕がストン!と落ちるように、あっという間に沈んでしまいます。
それで、帰りつけなくなったカモメが海に落ちてしまうため、村人たちは「ソイーリャ岬の先端に簡単な灯台を作って、道しるべにできないか」と思ったのだそうです。親切ですよね。
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ところで、むつみちゃんはわたしがかなりの鉱物マニアなのを知っているよね。
ソイーリャ岬は、鉱物マニアのあいだで「ざくろ石(ガーネット)」が出る場所として有名で、昔はスコップやタガネを持ったマニアがよく岬を訪れていたそうです。
ところが今は地元の漁師以外、ロシア政府の許可なしに立ち入れなくなっています。
それでも、ソイーリャ岬は一度は行ってみたい場所だったので、わたしはよく、地図を眺めてため息をついていました。
そんな折、鉱物マニア仲間から「ロシア政府ソイーリャ岬に、灯台を建てるための土工作業員と測量士を募集している」という話を聞いたのです。
そんなバカなと思ってHPを見たら、本当に掲載されていました。
ちょうど失業していて時間もあるし、ダメ元で測量作業に応募してみたところ、採用されてしまいました。測量については、大学が工学系だったので、資格を持っているんです。半分冗談のつもりだったのに、3週間後にはビザが届きました。
その日は起きていることが非現実的すぎて、眠れませんでした。
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さて、わたしがすることになった工事について説明しましょう。
ソイーリャ岬は風が強く、灯台を建てるには、まず頑丈な土台と発電機を収納する地下室を作る必要があります。
そのためには、かなり大きな穴を掘らなければないわけなんですが、掘り返した土の中に、ガーネットがあるかもしれないので、そこに希望をかけました。
仕事の報酬はそんなに高くなく、交通費と食事代を引くと足が出ます。でもまあ、割引で旅行に行ったと思えば、普通より得したと思えなくもないですね。
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さて、羽田で飛行機に乗り、さらに電車と船を乗り継いでフラサコフ港で降りると、冬は終わっていました。
今回の工事地、フラサコフは雪山に囲まれた小さな街で、カラフルなペンキで彩られた小さな家が、まるでミニチュアのおもちゃのように寄っちくらって並んでいました。
船を降りて20分ほど歩き回ると、村の通りは全て見終わってしまい、暇だなと思いながら街のみやげ物屋をのぞいていると、集合時間になりました。
集合場所には3人の男たちがいました。ロシア系が2人とヨーロッパ系が1人で、ロシア系の若い男のバックパックは瓶でパンパンでした。ウォッカだと推測されました。
村役場の代表から、プラスチックのファイルに入った書類が手渡されると、壮年のロシア系の男が作業員代表に任命され、仕事の大まかな説明のあとで、全員でぞろぞろと歩いて現地に移動しました。道具やテントは後から運んできて、設営は街の人がするそうでした。
ええと、むつみちゃん、話についてきてるかな?
わけがわからなかったら、残りはあしたにして、おやすみしてね。
さて、続けるね。
穴掘り工事の初日、わたしは配られたゴワゴワの作業用防寒着を来て、風が吹きつけてくる岬の土に、3人の仲間とスコップを入れてみました。
地面は小石混じりで固く、力を入れてスコップを踏みつけてみると、土は少し削れるだけでほとんど掘れませんでした。
「ゼリーをすくうみたいにはいかないってことだな」
と一番年寄りの作業員が肩をすくめ、「ゼリーにしちゃ歯ごたえがありそうだ」と若いベラルーシ人がいいました。もう一人のロシア系中年男は何を考えているのかはっきりしない様子で、スコップを持ってタバコを吸っていました。
午前中は穴を掘る位置を決める測量作業でした。他の人に手伝ってもらって墨出しをし、記録写真をとってわたしの作業は終わり、場所が決まればあとは掘るだけで、午後からは印をつけた4隅から4人で穴を掘り始めました。
土は乾燥ぎみで硬く、持ち手に力を込めすぎたせいか、柔らかいわたしの手には、豆がいくつもでき、潰れました。保護手袋はほとんど役に立ちませんでした。
何度か「来なければよかった」と思わないでもありませんでしたが、でもまあ、仕事ってそんなものですよね。取り掛かってみて絶望し、諦めてやるんです。
スコップを何度も握り直し、黙々と土を掘っているうちに、風向きが山から海に変わり、ソォーリャ岬の夜がストン!と訪れました。
この地域には夕暮れがなく、太陽が水平線の向こうに沈むと、信じられない早さで暗くなってしまうのです。
あまりにも急に暗くなったので、作業員のひとりが「雨か?」とつぶやいて、空を見上げたほどでした。つられて見上げると、東京では決して見られないような真っ暗な夜空に、無数の星がチカチカし瞬いていました。
われわれは大いそぎでスコップや測量器具を一か所にまとめ、シートをかぶせると、暗い中で躓かないようにテントまで歩いて行って、カンテラとストーブをつけました。
テントが明るく、暖かくなると、それぞれの作業員がばらばらにレトルトカレーを食べたり、スマートフォンをいじったりしていました。
しかし、夜風が強くなり、突風がテントに当たり始めると、天幕の外布がひるがえり、じわじわ冷え込んできました。春の夜とはいえ、それは命の危険を感じる寒さでした。
われわれは身体が冷える前にと、迅速かつ早急に毛布にくるまりました。後でわかったけれど、この岬の夜は基本的に、風向きが変わって突風が吹いたら寝る、これの繰り返しでした。
作業員たちはロシア語で愚痴を言いながらウォッカを喰らって寝てしまうし、わたし自身も毛布の中が心地よく、昼間の疲れもあって、眠気に負けそうになりました。
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さて、全員が寝息を立てているのを確認してから、わたしは毛布の外に這いだしました。テントの中は酒臭い上に、防水布が結露して、敷布はびちゃびちゃでした。でも、ここで挫けるわけにはいきません。まずは「宝探し装備」を着込むのです。
最初に、ズボンのポケットにカイロを入れ、上からもう一枚ズボンをはきました。上はヒートテックの上にフリースを着て、ポケットにカイロを入れてから薄いパーカーを重ね着します。
最後にフードの内側に北極ギツネの毛皮をはった、ぶ厚いアノラックを着込むと、スノウマンみたいに着膨れしました。しかし、毛皮が体温を含んで、服の中は蒸し暑いくらい暖かくなりました。
相変わらず他の作業員たちは熟睡していたので、わたしはなるべく音を立てないようにテントを抜け出しました。
空にはオーロラが出始めていたので、あたりはほの明るく、足元は照らされていました。
突風に吹き飛ばされないように、よろよろしながら土の山の横に座り、移植ごてを取り出して利き手に持ち替えると、土の山を少しづつかき分けていきました。「これで、何も出なかったら嫌だなぁ」と思いました。
友だちの鉱物マニアに「やっぱりソーリヤ岬は宝箱だった」と報告できるような土産を、ぜひ掘り当てなければなりません。
土をそっと崩しながら宝石を探していると、中から5ミリくらいの丸い粒が転がり出てきました。
ついている泥をボロ布でこすり落とすと、キラッとした血のような赤い輝きが現れました。まさかのざくろ石でした。
喜びのあまり「ああっ!」と大きな声を出しそうになったのを、とっさにがまんし、小さな紙にくるんで腰袋にしまいました。
日本では、この5ミリほどのざくろ石を見つけるのに、1週間どころか1カ月かける人もいるのです。
さらにわくわくしながら土をかき分けると、小さなざくろ石が2粒、3粒と転がり出てきました。こんなにざくろ石を一度に掘り当てることは、もうないかもしれません。
さらに土の山からは、透明な結晶らしきカケラもポロポロと出てきました。
結晶といえば、水晶かアクアマリンが多いのですが、泥を落としてペンライトで照らすと、それは濃いブルーのアクアマリンと、透明色のアクアマリンでした。「やたっ!」と声が出ました。宝探しは人を小学生にします。
その晩は、さくらんぼ大のざくろ石ひとつ、5mm大のざくろ石3つ、イエローアクアマリン1つとブルーアクアマリン3つ、透明なアクアマリン5つが見つかりました。
予想外にたくさん見つけられたので、帰国するまでに、収穫箱が満杯になってしまうかも、と妄想が膨らみました。
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さて、宝石探しをしているうちに体がこわばってきたので、わたしは身体をねじり、立ち上がってのびをし、海の方をみました。
すると、長い帯のように連なって揺れているオーロラの下に、大きな魚のしっぽのようなものが、突き出しているのが見えました。
それは、波にのってゆっくり上下に揺れていました。大きさはシイラやフカくらいに見えましたが、魚が逆立ちするなんて聞いたこともないし、色は子供向けの原色みたいな、明るい紫と、ターコイズグリーンのしま模様でした。
わたしは目をこらし、波に揺れる生き物の姿をとらえようとしました。
その時、大きな波がきて、尻尾は波の間にトプンと消えました。
「人魚だよ」
後ろから話しかけられたので振り返ると、昼間の穴掘り作業員の中では一番年長の老人が立っていました。現場と本部の連絡役もしていて、落ち着いた雰囲気の人でした。
「この岬に住んでいるんだ。ああやって、人が見ていない時間帯に魚を食べている」
「人魚が実在するなんて嘘だと思っていましたよ」とわたしは言いました。
「そうかい。あれは人魚なんだよ」と老人は繰り返しました。「実のところ、わたしはお金には困っていないんだが、人魚が見たくてここまでやってきたんだ」
工事作業員4人のうち2人は、腹のなかに隠れた計画があったわけです。
「人魚がいるのは秘密なんですか?」
わたしは尋ねました。
「いや、秘密でもなんでもないよ。ここでは常識みたいなものだ。街のみやげ物屋で、人魚のマグカップとか、キーホルダーとか、せっけんや入浴剤も売られている。知らない人間にとっては、ただの人魚のみやげ物だがね」
老人はくくっと笑うと沖の方へ向きなおり、じっと沖に目を凝らしました。
「もう一回見たいものだ。この寒さに耐えられたらね」
最後の言葉はほとんどつぶやきでした。
わたしが強調したいのは、幻影を見たとか、貴重な生物を発見したとか、そういうことを言いたいわけではないということです。
これはただ、真夜中の海を見ていたら、人魚の尻尾が見えた、という話なのです。それは地元では驚くようなことではなく、世界の片隅で、毎日起きていることなのです。
わたしはふたたび土山に向き直りまましたが、人魚の件でもはや集中を欠いてしまったのは明らかでした。わたしは手を止めて老人の近くにしゃがみ、どこまでもなめらかに波打っている暗い海面を見つめました。まるで、自分の目までが暗澹たる色に染まって行くような気がしました。
カンテラのLED光が目に突き刺さるように眩しく感じられたので、スイッチを回して明かりを消しました。
それからしばらく、われわれは岬の上空を吹き荒れる風の音と、それに呼応するようにまたたくオーロラの光、波が打ち寄せては引いていく音に囲まれていました。
そうしているうちに、それまでは確かに存在していた自分自身が、視界の中にある自然の風景と一体化して消失してしまい、これまで肉体に宿っていた自分はお皿についた汚れを布巾で拭い去ったみたいに、どこかに消えてしまったように感じられました。
けれど、もし、神様がいるなら。私たちのことを神様が見ていたならば、その日の真夜中には、ソイーリャ岬の先端に2つの血の通った肉体が寄り添って、じっと海を見ていたことを知っているでしょう。
わたしの心が遠くに行っていた時にも、わたしの心臓は大きな音で脈打ち、歌を歌い、それは、赤々とした燃える生命の炎として、宇宙の果てからでも見えたでしょう。
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ある工事休みの日にフラサコフの集落に行ってみると、ロシア系の若い女の子が、あの日の夜に見た人魚のしっぽによく似ている、手作りのバスボム(入浴剤)を売っていました。
女の子は「おみやげにいいわよ」と言うし、バスボムはなかなか面白いデザインだったので、1,600ルーブルで2つ買いました。
それがこの、むつみちゃんの誕生日プレゼントです。
結局、最初の日以来、人魚を見ることはありませんでした。
基礎工事のほうは順調に進み、4つの穴は指示通りの深さになりました。穴が深くなると土の山も大きくなり、その土を毎晩なめるようにチェックした成果として、大粒のざくろ石6個、ブルーのアクアマリン結晶7個、イエローのアクアマリン結晶12個、バイラルトルマリンの結晶2個が見つかりました。マニアがうらやましくて気絶するような収穫です。
ただ、毎晩着替えをしてテントの外に出る作業を繰り返すうち、わたしの宝石探しは全員にばれてしまいました。最後の数日は、作業員全員で宝探しをすることになり、それぞれが自分が目をつけた土にかぶりついて宝石を探しました。
ロシア系ベラルーシ人の若い大男は「ぼくのとる土には必ず宝石が少ない」と悲しそうに言うので、ほかのメンバーは、その男に宝石を分けてあげたのですが、その直後、彼の土の中から1センチ以上の見事なガーネットが転がり出してきたので、周りの空気は如何ともしがたい冷たさになりました。
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結局、灯台の基礎を作る土掘り工事は1週間かかりました。
灯台の基礎部分の穴ができあがると、わたしたち土工チームは、穴の大きさに間違いがないことを測量機器を使って確認し、ロシア本土の施工管理会社に衛星電話をかけました。
翌日にははやばやと基礎工事チームの監督が道具一式をかついでやってきたので、土工チームの代表者がその男に現場を引き継ぎ、わたしは図面一式をまとめて手渡しました。これで、することはなくなりました。翌日には、われわれは港で船に乗り、帰途につきました。
じつは、船を降りて空港に行き、ウランバートル便の飛行機に乗って帰国する途中、わたしの乗った飛行機はもう一度フラサコフ港の上空を通過しました。
上昇する飛行機の、不愉快な「キュイーン」という高音が機内に響くなか、もしかしたら人魚か、人魚のしっぽが見えるのではないかと思い、わたしはちりめんのような波に目をこらしました。しかし、波の間を泳ぐ美女の上半身も、波の上に垂直に立つしっぽも発見できませんでした。
数秒後には飛行機の翼が傾き、わたしの座席からは、強烈な日光と青い空しか見えなくなり、次に機体が平行になったときには、もう飛行機は雲の上でした。
この人魚のしっぽは、その旅のお土産です。
(6500w)
※注
・舞台となっているのはロシアに占領された後の北海道。地名はロシア語に変更されており、入域にはパスポートがいる
・ソイーリャ岬は、大正時代に栄えていた廃坑の残土を埋め立てた人工陸地なので、当時、採掘の対象外だった鉱物がそのまま捨てられており、それゆえざくろ石が出てくる
・灯台の下には極秘でロシア占領軍の通信基地が作られる計画だったため、通常の灯台基礎工事よりはるかに大きな穴を掘る必要があり、1週間という時間がかかった
・ロシアは噂が広まらないよう、国籍がバラバラの外国人を作業員として雇った
