少し「欲」を捨てたほうがいいかもしれない。
と、思う時もある。
無欲こそ、何かを生むのか?
何かに邪魔をされて、そこから先へ行けないのは、他の欲が邪魔しているのではないか。
時間はあるのに、ボーっとしてしまう。
===
優越の基準が無いならば、欲と最悪の自体は同一ラインに並ぶ。
欲は概ね習慣化される。
記憶の断片に常にあり、それを実現または復元しようとする。
仕事、金銭、円満、感動、刺激、清涼、健康、勝敗、狩猟、宴楽、、、男女、災難
どれも達成したい。
どれかを達成する場合、何かが邪魔して出来ないと錯覚し、比較してしまう。
時間軸で考えたり、金銭価値で比較したり、他人迷惑も視界に入ってくる。
無欲で、たった一つのことを目指すなら、人里離れて、仙人として修行に入る。食欲も、苦痛も、疾病も、一日の長さも関係なくなる。いやいや、そんなわけにはいかない。
最悪の自体を想像するが、そんなことは決して許されないしあってはならない、と決断する。
ここで、人それぞれの脳裏に焼き付いている欲の別れ道がある、だから人は全て違い、会うたびに進歩し、希望も共有もする。

(幅約1mくらい、重さだいたい15kgくらい、風化している表皮を削る前、拾ってきたばかりの赤松の根っこ)
赤松の根っこを研磨していると、その繊維があらゆる方向に曲がり、止まり、進み、戻り、また曲がり、360度自由自在に模様ができている。
まるで人生のようだ。

(なにげに撮影した地元の釣り人)
海は、時に、反対へ流れ、深海は数千年のサイクルでゆっくり回転し、表層はさっきまで紺碧の青さやグリーンのはずが瞬く間に土色や灰色に変わり、静かな時もあれば激しく白く泡立ち、多くの人を運び、多くの生物を生み、何十億年も多くの命が絶えるのも見守ってきた。

(孟宗竹の根っこ)
天空に真っ直ぐ生えることしか出来ない植物もあれば、環境に合わせて曲がりながら、太陽と土の栄養分と水分をより多く求めながら、曲がる植物もある。一年で終わってしまうものもあれば7,000年行生き続けた植物も存在する。
そこに、欲など無い。
ただ、生き続ける。
目の前にどんな状況が訪れようとも。
人間も、ほんとうは、ただ生き続ける。
誰の、何のためでも無く。
止まったような空間や時間も、実は選んだのでなく、勝手にやってきたかもしれない。欲と反してしまったと考えるから、最悪だと思う。
無欲は不可能だ。
しかし、考え直すことは可能だ。
無欲と最悪はイコールで同一ライン。
とすれば、最悪も考え直すことが可能だ。
つまり、無欲も最悪も、この世には存在しないことになる。
だって、ただひたすら生きればいいだけだから。
ご一読ありがとうございました。
MID
と、思う時もある。
無欲こそ、何かを生むのか?
何かに邪魔をされて、そこから先へ行けないのは、他の欲が邪魔しているのではないか。
時間はあるのに、ボーっとしてしまう。
===
優越の基準が無いならば、欲と最悪の自体は同一ラインに並ぶ。
欲は概ね習慣化される。
記憶の断片に常にあり、それを実現または復元しようとする。
仕事、金銭、円満、感動、刺激、清涼、健康、勝敗、狩猟、宴楽、、、男女、災難
どれも達成したい。
どれかを達成する場合、何かが邪魔して出来ないと錯覚し、比較してしまう。
時間軸で考えたり、金銭価値で比較したり、他人迷惑も視界に入ってくる。
無欲で、たった一つのことを目指すなら、人里離れて、仙人として修行に入る。食欲も、苦痛も、疾病も、一日の長さも関係なくなる。いやいや、そんなわけにはいかない。
最悪の自体を想像するが、そんなことは決して許されないしあってはならない、と決断する。
ここで、人それぞれの脳裏に焼き付いている欲の別れ道がある、だから人は全て違い、会うたびに進歩し、希望も共有もする。

(幅約1mくらい、重さだいたい15kgくらい、風化している表皮を削る前、拾ってきたばかりの赤松の根っこ)
赤松の根っこを研磨していると、その繊維があらゆる方向に曲がり、止まり、進み、戻り、また曲がり、360度自由自在に模様ができている。
まるで人生のようだ。

(なにげに撮影した地元の釣り人)
海は、時に、反対へ流れ、深海は数千年のサイクルでゆっくり回転し、表層はさっきまで紺碧の青さやグリーンのはずが瞬く間に土色や灰色に変わり、静かな時もあれば激しく白く泡立ち、多くの人を運び、多くの生物を生み、何十億年も多くの命が絶えるのも見守ってきた。

(孟宗竹の根っこ)
天空に真っ直ぐ生えることしか出来ない植物もあれば、環境に合わせて曲がりながら、太陽と土の栄養分と水分をより多く求めながら、曲がる植物もある。一年で終わってしまうものもあれば7,000年行生き続けた植物も存在する。
そこに、欲など無い。
ただ、生き続ける。
目の前にどんな状況が訪れようとも。
人間も、ほんとうは、ただ生き続ける。
誰の、何のためでも無く。
止まったような空間や時間も、実は選んだのでなく、勝手にやってきたかもしれない。欲と反してしまったと考えるから、最悪だと思う。
無欲は不可能だ。
しかし、考え直すことは可能だ。
無欲と最悪はイコールで同一ライン。
とすれば、最悪も考え直すことが可能だ。
つまり、無欲も最悪も、この世には存在しないことになる。
だって、ただひたすら生きればいいだけだから。
ご一読ありがとうございました。
MID










