ゴリィ【オルゴールアーティスト・カラーセラピスト・防災士】

ゴリィ【オルゴールアーティスト・カラーセラピスト・防災士】

総合エンタメ発信サイト「ゴリィの轟RADIO」の主宰をする「ポンコツ人間」ゴリィのブログです。思ったことを色々とつづっていきます。

総合エンタメ発信サイト「ゴリィの轟RADIO」を主宰する「歌うクイズ作家」「歌う防災士」こと後藤智之(ゴリィ)です。「音楽(歌)」「クイズ」「防災」「トドメガネ」(オリジナルキャラクター)の4つを軸に、これらを組み合わせたエンタメを発信していきます。ちなみに偉そうなこと書いてますがゴリィ自身は「ポンコツ人間」です(笑)。




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AIを使い出して、Google Workspaceも触り出したもんで、最近スプレッドシートを色々触っています。
(そんあわけで動画はちょっとお休み中)

AIさんに「これってこうしたいけど、数式とかある?」と聞くとまあいろいろできるんですね。ただ、ふんわり聞いてはダメなんで、具体的に〇列の▽を●シートのここから取得したい」みたいに指示すると、非常に的確に答えが返ってきます。

前職はこれと似たようなことをコンピュータシステムで作らせてました。現場の要望を「こういう画面で」と書き起こしたり「ここは、こういうルールなんでここにデータを持って、この数字をキーに・・・」とプログラマーさんに伝わりやすく伝える。プログラミングはさっぱりわかりませんが。

今はノーコードでアプリ作成のキントーンとかありますから、こういう仕事もいらなくなりましたがね笑。

で、現在ウチのサイトで双六ゲーム企画をしているのですが、表向き昭和のレトロ番組ですが内側では令和のスプレッドーシートが動かしていて、点数計算なんかもどんどん自動になっています。ちなみに次はサイトのクイズ企画の点数計算やら得点ボードのHTML生成を自動化させるのができるといいですね。

まあこうして裏方に徹して誰かの助けになるのが自分には向いているのかもしれません。主役にはならない。脇役でもないな、裏方で。あるいは文化祭の劇でいう「木」の役。

ビジネスで使うことはありませんが、話のタネにでももうちょっと勉強しようかな。こうして何かに熱中する時間がるのも、現実逃避のうちですね。

右半身がマヒしたせいで先天性佼扼輪で中指~小指が使い物にならない、左指2本だけでの生活。

 

例えば、ズボンの紐が結べない。いろいろ対処方法を調べても、左指が5本使えることが当たり前のように書かれているので、やりようがありません。正直、イライラします。

 

先天性佼扼輪、仙台に戻ってきてすぐの頃技術の進歩で何とかなるんじゃないかと思い、形成外科の専門医を訪ねたところ、「対処できる技術はおそらく生きてるうちは出てこないだろう」と、そこで医師に言われたのが、「運が悪かったと思って諦めてください」でした。

 

これが原因で小学校のとき担任教師の虐待を受けました(いわば犯罪被害者)。こんな担任に当たってしまったのまた「運」です。

そして、PTSDになり、同時に双極性障害の発症の原因のようです。双極性障害もまた遺伝病らしいので、これもまた「運」です。

 

そして、心臓疾患を患い血流に関係あるとの説もある「突発性難聴」になりました。その後完全回復、完全ではないがある程度回復、回復せずがそれぞれ1/3になるんですが、これも「運」なのだそう。

 

で、脳出血でよりによって5本揃っている右手のほうがマヒしてしまったのもまた「運」。

 

じゃあ、これらのことが1人の人間に同時に起こる確率は?とAIえお使って調べたら、100兆分の1の確率だそう。

 

ここで、もし「先天性佼扼輪が原因で教師の虐待に遭い、それが原因でPTSDになり双極性障害になり、そのストレスで血管の劣化が早くなり血管が関わる病気をいろいろ発症した」というストーリー(仮説)が成立する場合の確率をAI調べてもらうと、5000億分の1に確率が上がりました。それでも。5000億人にひとりです。

 

なぜ、こんな悪運を背負わないといけないのかAIに聞いてみたところ、「理由はない」とのこと。そして、これからどう生きればいいかAIに聞いてみた結果、最後はAIがエラーを起こして強制終了(回答を拒否する場合に起こる)してしまいます。

「答えは出ない」ということです。

 

ひとつ分かったこと。

小学校の担任の虐待さえなければ、10000分の1(先天性佼扼輪の発症確率)で済んだ可能性が高いということ。言わば、ひとりの聖職者の「悪意」によって僕は天文学的な悪運を背負うことになってしまったわけです。

 

この「悪意」が奪っていったものはたくさんあります。

 

PTSDと双極性障害が、穏やかな人生を奪いました。

 

突発性難聴で、大好きな「音楽」の楽しみが半分になりました(音楽が苦痛になったこともあります)。

 

右手がマヒし、左手2本の生活になったせいで、普通の人が何気なくできるようなことも奪われました。

 

突発性難聴と右手のマヒが、熱中できる趣味「作曲や編曲」を奪っていきました

 

PTSDと双極性障害が、「社会生活を送る」(交友関係や信頼関係を作る)のを奪っていきました

そして、「努力に耐えられる精神力」も奪っていきました

 

そして、「夢を持って生きる」ことも奪っていきました(毎日を送るのに必死だったので)

 

よく、「お前は努力しない人間だ」といわれます。「しない」んじゃない、「できない」んです。毎日を生きることだけで精一杯だったから。

そこまで言うんだったら、「お前もこの不運背負ってみろ」と思います。

 

改めて考えると、今日まで社会の中で生きてこれたのが不思議です。いつ辞めてもいい人生でした。そして、これからこんな天文学的な悲劇を背負って生きてくことに意味(価値)はあるのか。

 

だって、馬鹿馬鹿しいじゃないですか。自分ではどうしようもないことで、これだけの悲劇を背負わされて生きていくの。

 

でも、自分で人生の幕を引くのも癪です。

この怒り、だれに(どこに)ぶつけたらいいですか?

 

 

・・・聖職者と言われるすべての人に問いたいです。

 

「あなたは、子どもの人生を左右する自覚と覚悟があるのか?」

 

と。

 

口ではなく行動で示せ。その地震がンまいのならさっさと聖職者であることをを辞めろ。

聖職者は単なる職業ではありません。

 

本当はこんな恨みをいうだけの人生は嫌です。ささやかでも、夢を持って生きたかった。

 

おめー(虐待した教師)は僕を殺したに等しいです。もし、おめーに出会ったら同じことをします。

 

僕の人生を返してください。

そんな計算するな、ってツッコミが入りそうですが、先天性佼扼輪、小学校の担任からの虐待、双極性障害の発症、突発性難聴で聴力の完全消失、脳出血で利き手側がマヒする、ということが1人の人間に起こる確率をAIに計算させたら約1000兆分の1だそうです。

じゃあ、先天性佼扼輪の結果、小学校の担任から虐待を受け、その結果PTSDと双極性障害を発症し(ここまでは先日受けたカウンセリングでのカウンセラーもこの関連性には言及)、その結果(ストレス等で循環器系に負荷がかかり)突発性難聴で聴力が完全消失、脳出血を起こし利き手側がマヒ、と関係性があるものとして確率を再計算させました、結果、50億分の1だそうです。

じゃあ50億分の1を引き当てた理由は?

「理由はない」とのこと。

なんだよ、それ?

私には姉がいます。

「水頭症」(だったかな?)で言葉も発せず寝たきりで、生まれてからずっと療養病院で暮らしています。

「世の中にはもっと大変な人がいる」とウチの母親はよく言います。そりゃパッと見はそうでしょうね。

でも、悪意の行動が原因でさまざまな生きづらさを感じながら(50億分の1)社会を生きていかなくてはいけない僕と、社会生活を営めずに社会保障制度に守られたところに身を置いてる姉、本当に「もっと大変な人」がどちらか。

なんか哲学的な問いになってきているような気がしますが、答えは分かりません。

唯一確実に言えるのは、「夫に早くから先立たれ、水頭症の姉を持ち、唯一まともだったうちの兄に先立たれ、悪意のある人間によって人生を壊されたバカ息子が唯一の話し相手」の母はもっと稀な存在(不幸とかいう言葉は使わないどきます)といえるでしょうね。

よく、「障害は個性」という言葉があります。

それに対しては、「じゃあ実際に代わってみろ」と言いたくなります。僕のは人の悪意が入った結果だからそう思うのかもしれませんが。

僕の気持ちは、きっと誰も理解できないと思います。50億分の1の「不幸」(犯罪行為が原因なので不幸といいます)を引いた人間なんて、誰からも理解されないでしょう。

社会から拒否されている感の本質も、そこにあるのかもしれません。

なので「分かるよ、その気持ち」と言われると逆に疑いたくなります。

でも、傍らで思いを受け止めてくれる人や理解しようとしてくれている人(=それでも1人の人間として普通に接してくれる人)がいるだけでも嬉しいです。

小さなことや他の人の当たり前に喜びを感じる。これは「幸福の矮小化」になるのかもしれませんが、これから先もちゃんと生きていこうと思った場合はこれが唯一の「答」なのかもしれません。

側にいてくれている人を傷つけたくないですから。

さて、701系ももう30年近く走っているので、そろそろ後継が出てきてもおかしくないかな、と思いつつ。先日、防災動画に使う電車をAIに作らせたら、思いの外いいのが出てきたので、今回はそんな話。

 

E723系じゃないと考える理由

東北地区の電車って、ステップがついてます。あれは、ホームの高さが低いのでそれに合わせているためです。でも、バリアフリーじゃありません。

そこで、2007年登場したE721系が出てくるのですが、バリアフリーを実現するために床下機器を見直し(詳しいことは知らん)、車高を下げて(低床車両)ステップをなくすことでバリアフリーを実現しています。

いっぽう、E723系5000番台は山形新幹線区間の車両。ホームの高さは新幹線基準。E721系のようなことをしなくともバリアフリーは実現しています。

E723系を一般の区間を走る電車にする場合、床下機器を変えなければなりませんし、車体も低床仕様になります。つまり、何もかも違う。共通にする仕様にはできないので新形式になると考えられるわけです。

 

偶然できた画像

先日、AIちゃんに「E721系の後継車っぽい車両を予想して」と指示して出てきたのがこの画像があるんですけで(誤って消去)、意外によさげなデザインだったので、701系を走る線区に合わせてカラーリングを変えたのを紹介します(細かいのは気にしないでください)。

 

仙台地区

多分赤ではなくピンク(桜色:最新のE721-1000で採用)になると思うんですが、両方貼っときます。

 

盛岡地区

側面の帯は1色ですが、この方が良さげ。

 

秋田地区

こちらも側面の帯は1色ですが、このほうが良さげ。

 

仙台空港アクセス線用(増備用?)

 

SAT用

AIが突然アレンジしてきて、よさげだったので現行の色使いに合わせました。

 

架空・青森地区用

リンゴの赤(ねぶたの情熱も表現)と弘前城の桜色のイメージ。前面はどうもうまく塗り分け変えられませんでした。

 

秋田地区別案

色の変更途中の産物。こっちのほうがカワイイ気が。

 

おまけ・イブニングウェイ後継車

仙台地区で走っているイブニングウェイ(現在キハ110-0)の後継。まあハイブリッドでしょうから、HB-E300を2扉にしたもの。カラーリングはかつての455系の帯デザインを踏襲。

 

まあ、700系やキハ110の置き換えはいつからなんでしょうね?

皆さん「こんな車両」とそれぞれ思いを馳せるのもいいかもしれません。

小学校から転じ、中学校は縦笛はないし、変な工作はないしと嫌な思いをすることも少なくなりました(ただ、周囲に小学校の同級生が相当数いたので、「思い出したくない記憶」に入っています)。

 

さて、今回は「恩師」と呼べる先生とそうでない「教師」を紹介します。

 

 

恩師Tとの出会い

恩師Tは、中1の社会の教諭でした。

最初の授業の際、何かT先生が冗談を言って、それに非常に失礼なツッコミを入れて廊下に立たされる、ということがありました。以降、大体授業の2回に1回、何かとツッコミを入れて廊下に立たされる、はお決まりになり、半ばネタみたいになりました。結局、中3まで続きましたね。ただ、職員室に呼ばれ説教、ということもなく続きました。

T先生が担任に

T先生は、2年、3年と担任になりました。僕みたいに行動がおかしい人間もいれば、ちょっとヤンチャな生徒もいましたが、あまり何も言わず、卒業まで見ていただいたようにに思います。特段、何かあったわけでもありませんが、温かく見守っていただいたと思います。

卒業式の夜

実は、自分の卒業式の夜、ちょっとおかしなことが起きました。T先生がウチに来て、うちの父親と夜遅くまで飲み明かしていたそうです(母親から聞きました)。突然、そんなことするはずはないので多分ウチの親とは定期的に連絡を取っていたことになるんでしょうね。実は、ずいぶん気にかけていただいたんだな、と知りました。

卒業後の話

その後、高1になって友達とご自宅を訪ねたことがありました。単に近況報告に行っただけですが、喜んでくださったのを覚えています。

その後、いろいろあったようで体調を壊している、という話を聞きました。自宅にお見舞いに行こうか迷ったんですが、背景に色々デリケートな問題があるらしく、結果行くのをやめました。

その選択が正しかったかどうかは分かりません。

今は・・・

ご存命であれば90歳ぐらいになってるかと思います。僕はとても出ないですが合わせる顔がありません(この先生に限らず、中高でお世話になった先生や仲良くしてもらっていた友人等に、よほど気の許せる友人以外今の姿は知られたくありません)。存命ならできるだけ長生きしていただきたいですし、すでに他界されていれば天国でウチの父親と時々飲んでいたらいいな、と思います。

おまけ:僕を利用した教諭K

中学から高校にかけて、僕は壁新聞づくりに一生懸命でした。その中で湾岸戦争があり、戦争に反対する壁新聞を作りました。自分もそうですが、広報班の仲間全員で作ったことにし、高校受験に有利になるようネタを仕込むのが目的でした(よって、本気で戦争反対を掲げるつもりはありませんでした)。

で、新聞の取材を受けることになりました。蓋を開けてみると隣のクラスの担任Kの活動に感化され作ったかのように、隣のクラスの生徒と一緒に紹介されました。

Kは日教組の熱心な活動家と後で知りましたが、当時から「なんか利用された」と嫌な思いをしました。

僕は日教組否定派ですが、こういうことがあったのかもしれあ線。

番外:性的マイノリティの目覚め

くわしく書くと相手が特定されるので言いませんが、中3のときに、いわゆるヤンキーの同級生の友達がやたら気になりました。もしかすると、これが男に対しての初恋だったかもしれません。カッコいいウィンドブレーカーーを着ていたので、「着させてー」と頼み込んできたこともあります。最近同じものをオークションやフリマで探しまくって買いました(当時気になっていたウィンドブレーカーがもう一着あり、記憶でそれっぽいのを探し当てゲットしましたが、正しいかどうかは分かりません)。

性志向については遺伝で決まるという説が現在では主流ですが、当時はそれがおかしいこととは思いませんでした。

 

以上、今回は恩師の話と性的指向の目覚めの話でした。