あまり考えずに毎日過ごしています。
妻との話を進めるために、妻の親友になんとか連絡を
取りたいのですが、連絡先を調べる手段に行き詰って
どうすればいいか思いつきません・・・。
相変わらず毎日は別に楽しくもなく、イマイチ張りがありません。
妻への気持ちもぼやけていて、霧に包まれている感じです。
嫌いになったわけではないけど戻りたくないというはっきりしない
気持ちです。
うーん。なんだかなあ。
「ヒア・アフター」という映画を見ました。
※ネタバレしてますので、観ていない方はご注意ください。
冒頭で津波の映像が出てくるため、昨年上映延期となった作品です。
あらすじは、死者と対話することのできる霊能力者(マット・デイモン)と
津波により臨死体験をした女性ジャーナリスト、双子の兄を交通事故で
失った少年のそれぞれの日々を通して話が進みます。
マットは、能力を使って商売することに疲れ、普通の生活を求めるのですが、
能力があるからゆえに、人間関係が崩れてしまったりします。
一方、女性ジャーナリストは、その体験を通じて死後の世界に興味を持つの
ですが、それゆえに周囲の人たちと人間関係が崩れたりします。
少年は、兄と話がしたいために霊能者を探し回りますが、みんなインチキ
だったりします。
最終的に少年はマットに出会い、その結果マットはジャーナリストに出会い
結ばれるというものです。
(あらすじを書くというのはめちゃくちゃ難しいですね。)
とにかく、全編を通してマットの孤独さがにじみ出ています。
何度か一人で食事をするシーンなどが出てきますが、自分とダブります。
彼の抱える悩みと自分の悩みは全く違いますが、その孤独さゆえに
新しい出会いを求め、裏切られ、投げやりになるところなど、台詞には
表れないのですが、彼の心の動きがよくわかります。
最後に、女性ジャーナリストと待ち合わせで会うシーンでは、しっとりとした
音楽と共にマットにやっと笑顔が戻り、本当によかったと思いました。
実はこの映画は友人が「おまえに似てるやつがいる」とか言って勧めて
くれたのですが、バッチリ当たっていました(^^;
それにしてもイーストウッド監督、あまり好きではなかったのですが、
この映画では音楽も担当しているそうで、ちょっと見直しました。
最近の僕は、人との出会いに感謝する気持ちを強く感じます。
若い頃はそんなことはなかったのですが、人生はこうした出会いを通じて
成り立っているのかな、と思う今日この頃です。
※ネタバレしてますので、観ていない方はご注意ください。
冒頭で津波の映像が出てくるため、昨年上映延期となった作品です。
あらすじは、死者と対話することのできる霊能力者(マット・デイモン)と
津波により臨死体験をした女性ジャーナリスト、双子の兄を交通事故で
失った少年のそれぞれの日々を通して話が進みます。
マットは、能力を使って商売することに疲れ、普通の生活を求めるのですが、
能力があるからゆえに、人間関係が崩れてしまったりします。
一方、女性ジャーナリストは、その体験を通じて死後の世界に興味を持つの
ですが、それゆえに周囲の人たちと人間関係が崩れたりします。
少年は、兄と話がしたいために霊能者を探し回りますが、みんなインチキ
だったりします。
最終的に少年はマットに出会い、その結果マットはジャーナリストに出会い
結ばれるというものです。
(あらすじを書くというのはめちゃくちゃ難しいですね。)
とにかく、全編を通してマットの孤独さがにじみ出ています。
何度か一人で食事をするシーンなどが出てきますが、自分とダブります。
彼の抱える悩みと自分の悩みは全く違いますが、その孤独さゆえに
新しい出会いを求め、裏切られ、投げやりになるところなど、台詞には
表れないのですが、彼の心の動きがよくわかります。
最後に、女性ジャーナリストと待ち合わせで会うシーンでは、しっとりとした
音楽と共にマットにやっと笑顔が戻り、本当によかったと思いました。
実はこの映画は友人が「おまえに似てるやつがいる」とか言って勧めて
くれたのですが、バッチリ当たっていました(^^;
それにしてもイーストウッド監督、あまり好きではなかったのですが、
この映画では音楽も担当しているそうで、ちょっと見直しました。
最近の僕は、人との出会いに感謝する気持ちを強く感じます。
若い頃はそんなことはなかったのですが、人生はこうした出会いを通じて
成り立っているのかな、と思う今日この頃です。
結婚生活は12年ぐらい続きましたが、離婚の話をしだしてから
思うことがあります。
自分は一体妻という人をどれだけ知っていたか?
ということです。
別居の前にお互いの気持ちをかなり時間をかけて話し合いました。
そのときに聞いた、妻の過去や結婚に至るまでの気持ち、僕に対する
感情など、初めて聞く話ばかりでした。
そして、別居後も話し合いをするたびに、僕の知らない妻の一面を
垣間見てきました。
夫婦でお互いの知らない面があるということは当然だと思いますし、
驚くことではないのかもしれませんが、僕としては妻のことを十分に
理解してきたつもりでいたし、以前も書いたように、妻の気持ちと
一体化している感覚があったので、驚きでした。
例えば、別居話をしたときに妻の過去の話として聞いたことは、
過去に親友と思って信じていた友人にひどい裏切りをされたということや、
両親の厳しすぎる育て方が、彼女にひどいトラウマを植え付けていること
などです。
それらは僕に離婚を思いとどまらせようとするぐらい衝撃的で、妻のことを
守らなければならない、と思いました。
その一方で、本格的な別れ話をする前から、せっせと貯金を始めていたり、
話し合いでは、とにかく自分が別れたくないということばかり言っていて、
僕の気持ちをわかろうとする努力があまり見えなかったり。
一番最近の話し合いの際に妻から出た言葉に、
「このままの状態だと、もちろんお互い新しい人を探すこととかはできないよね。」
というものがあります。
涙を流して離れたくない、という話をしていた彼女からこの言葉を聞いたときは
とても意外でした。
こういうことを言うということは、そういうことも全く考えていないわけではない、
ということですよね。
僕は、妻という人間を勝手に作り上げていた気がしています。
ネガティブ志向で、頑固で、そして自分の容姿にもあまりこだわりを見せない妻には、
僕という人間が全てであって、離婚したら絶望のあまり自殺してしまうのではないか、
ぐらいに感じていました。
今でもそれに近いぐらい妻を心配しています。
僕が自意識過剰なところも多分にあると思いますし、妻に対して失礼な話だとも
思うのですが、とにかく妻は僕に対して誠実であったと思うし、僕は妻という人間を
信じきっています。
けれども、最近は、それは妻が僕に対して作り上げているアイデンティティであり、
実は僕は妻という人間をほとんど知らないのではないかと思うようになってきました。
本当は不倫の話も全て知っているのではないか?
今も本当に僕を愛しているのか?
もちろん、深く傷つき、悲しんでいることは間違いないと思いますが、僕が思うほど
妻は弱くはなく、僕の方がよほど弱いのかもしれないと思ったりします。
妻は僕よりもはるかに自立していて、僕が身につけていない、「自分をケアする」
ということを知っているのかもしれません。
必要以上に妻のことを心配し、思い悩んでばかりいてはいけない気がします。
それは共依存的な心理からの脱却かとも思います。
僕は自分のことをもっと心配して、もっと集中しなくてはいけないのかもしれない
のかもしれませんね。
思うことがあります。
自分は一体妻という人をどれだけ知っていたか?
ということです。
別居の前にお互いの気持ちをかなり時間をかけて話し合いました。
そのときに聞いた、妻の過去や結婚に至るまでの気持ち、僕に対する
感情など、初めて聞く話ばかりでした。
そして、別居後も話し合いをするたびに、僕の知らない妻の一面を
垣間見てきました。
夫婦でお互いの知らない面があるということは当然だと思いますし、
驚くことではないのかもしれませんが、僕としては妻のことを十分に
理解してきたつもりでいたし、以前も書いたように、妻の気持ちと
一体化している感覚があったので、驚きでした。
例えば、別居話をしたときに妻の過去の話として聞いたことは、
過去に親友と思って信じていた友人にひどい裏切りをされたということや、
両親の厳しすぎる育て方が、彼女にひどいトラウマを植え付けていること
などです。
それらは僕に離婚を思いとどまらせようとするぐらい衝撃的で、妻のことを
守らなければならない、と思いました。
その一方で、本格的な別れ話をする前から、せっせと貯金を始めていたり、
話し合いでは、とにかく自分が別れたくないということばかり言っていて、
僕の気持ちをわかろうとする努力があまり見えなかったり。
一番最近の話し合いの際に妻から出た言葉に、
「このままの状態だと、もちろんお互い新しい人を探すこととかはできないよね。」
というものがあります。
涙を流して離れたくない、という話をしていた彼女からこの言葉を聞いたときは
とても意外でした。
こういうことを言うということは、そういうことも全く考えていないわけではない、
ということですよね。
僕は、妻という人間を勝手に作り上げていた気がしています。
ネガティブ志向で、頑固で、そして自分の容姿にもあまりこだわりを見せない妻には、
僕という人間が全てであって、離婚したら絶望のあまり自殺してしまうのではないか、
ぐらいに感じていました。
今でもそれに近いぐらい妻を心配しています。
僕が自意識過剰なところも多分にあると思いますし、妻に対して失礼な話だとも
思うのですが、とにかく妻は僕に対して誠実であったと思うし、僕は妻という人間を
信じきっています。
けれども、最近は、それは妻が僕に対して作り上げているアイデンティティであり、
実は僕は妻という人間をほとんど知らないのではないかと思うようになってきました。
本当は不倫の話も全て知っているのではないか?
今も本当に僕を愛しているのか?
もちろん、深く傷つき、悲しんでいることは間違いないと思いますが、僕が思うほど
妻は弱くはなく、僕の方がよほど弱いのかもしれないと思ったりします。
妻は僕よりもはるかに自立していて、僕が身につけていない、「自分をケアする」
ということを知っているのかもしれません。
必要以上に妻のことを心配し、思い悩んでばかりいてはいけない気がします。
それは共依存的な心理からの脱却かとも思います。
僕は自分のことをもっと心配して、もっと集中しなくてはいけないのかもしれない
のかもしれませんね。