お隣が朝からあまりにもにぎやかなもので、同じ時間に起床
それからその人が仕事に行ってから、朝寝をウトウト
これからが実に長いグダグダ
2時間ほどで起きたのはいいけど、一回起き上がってまた寝転んで
今度は反対に向かって寝転んで
上むいたり、足と頭を逆にしたり、目をつぶったりして
今日の買い出しのスケジュールを考えるものの、まったく意欲がなく
最終的には高くつくのに一番近いコンビニへ
いったい私は何をしたいのか、このコンビニへ行くというのを決めるまでまた布団で一時間もゴロゴロ
で、コンビニ行ったのはいいけど、結局買ったのは今日の分のご飯だけというお粗末さ
愚痴も書かず珍しくブログを放置してたのも、どうでもよかったから。
家の中に一日中いても書こうと思えば何でも書ける。
昨日はアメーバブログのおすすめ欄からいろんなご家庭の一部をのぞかせてもらいました。
ホッとしたのが必ずしも大きくなった子と仲良しこよしじゃない家庭もあるとわかったこと。
息子にガチャ切り&着拒されてからいろいろ考えてたのよね。
と言っても、この状態なので息子の何に触れて切れたのかわかんないけど、それもまあ致し方なし。
私には今何十年も離れていた我が子でさえ他人と同じようなものだから、気の短い子とは相性が悪いのでしょうね。
相手からするととろかったり、意味の分からない話題の繋げかたしたり
気に入らない返事をしたのかもしれない・・・けどわかんね
いくら苦しんでも後悔しても私の道と子供たちの道はあの日から交わらないように決まっている子もいるんだと
それでも一人だけでも交流してくれる子がいるんだという幸運
これを抱えて生きていくしかないのかもしれない
生きていたいから。
わずかな可能性に心の底ではすがり、みっともない姿で生きているのにね。
福岡に来た時に心に決めたことは何一つできなかった。
それでも自分が生きる希望と、思春期までだけど私が培った彼らへの愛情はなくならない。
捨ててしまえば楽な感情や記憶はあるのに、そこまでは誰も面倒見てくれないようです。