長い付き合いの「パソコン」が先日より不調になった。
定期的にバックアップを施していたので今は以前の
システムの復元で何とか立ち上がりました。
オジサンと同じく「老化現象」でも出たのだろう。
復旧したとは言え、また悪くなるだろうな~
今日、Windows7 → Windows10に切り替えます。
今のパソコンを手放すことに一抹の寂しさを感じます。
長い付き合いの「パソコン」が先日より不調になった。
定期的にバックアップを施していたので今は以前の
システムの復元で何とか立ち上がりました。
オジサンと同じく「老化現象」でも出たのだろう。
復旧したとは言え、また悪くなるだろうな~
今日、Windows7 → Windows10に切り替えます。
今のパソコンを手放すことに一抹の寂しさを感じます。
茨城県が誇る独立峰「紫峰 筑波山」
男体山・女体山の二つの峰がバランスよく映えている。
この峰が夫婦の関係を物語っているのかも。
オジサン夫婦は「筑波山神社」の権禰宜の祈祷で結婚式を
挙げたのだ。
男女の神「イザナギノミコト」「イザナミノミコト」が、筑波山に
天下って夫婦の契りを結ばれたと言われています。
オジサンにとってはプレッシャーとなっている神様です(笑)
夕日に映える筑波山。
この二つの峰は親子関係・友人関係なども感じさせる山
でもある。
オジサンのモットー
「出会いは人生の宝物」
これはオジサンが子供の頃から見ていた筑波山が
教えてくれたと思っている。
オジサンの近くにいる親子にこの神が宿って欲しい。
もう一人いるべき母子家庭の親子に・・・
茨城の紫峰「筑波山」も、この絆を願っていると思う。
我が街の近辺には白鳥の飛来地が有る。
二羽の白鳥の飛び姿に、ある親子の姿が浮かぶ。
母親に必死になって追いすがる子の姿である。
オジサンも応援したくなる光景だ。
頑張って行こうぜ!
季節は「春」
雪が殆ど降らない鹿嶋。今朝は雪まじりの雨が・・・
ミゾレが降って来た。
オジサンが子供の頃(昭和30年代)、雪は今より降っていた。
(実家は千葉県香取市)
通学路でよく雪を投げして登校した事を思い出します。
そんな幼い頃の思い出に心が躍り、カメラを持て車に乗り、
「北北西」に進路を取り、雪を求めて走ってきた。
こんな歳してバカバカしいと思うだろうが、人生の回顧は、
未来に続く。
幼い頃の未熟が、今の私を作り上げてくれた。
過去・現在・未来・・・
小鳥が止り木に止まっているように翼を休める事も大切だろう。
今日は、雪が降って喜んだ子供時代のように、一時を味わって来ました。
北国では大雪で困っているだろう。でも、オジサンは・・・
真っ白になったサツマイモ畑。
暫く眺め、雪を掴んで投げてみた。
思い出すのは「兄弟」、今はいない「両親」
思い出って良いものだね。
そして、余り知られていない
「手賀ふれあいの森」へ
もっと雪が降り、池の周りの木々に雪が積もれば、
オジサンが描く風景だったのだが、
次の機会まで待ちます。
今年は酉年。
オジサンのマイカーでユリカモメが一休み。
鳴き声が、
「サアー、夢に向かって行け」と言って
飛び立って行った。
鳥と話が出来るオジサンです。
今日、横綱稀勢の里関が正式に誕生した。
入門から15年目。
長い道程でしたが、幼い時の文集に
「天才は生まれつきです。もうなれません。
努力です。努力で天才に勝ちます。」
愚直なまでの努力が15年後に報われた。
日本中の相撲ファン・・・いや、彼の人間性に惚れたファンが
今後の活躍に期待するでしょう。
稀勢の里関の口上
謹んでお受け致します。
横綱の名に恥じぬよう精進致します。
本日はありがとうございました。
名文句で注目を浴びる最近の口上と違い、
シンプルだが、彼の人柄を現す素晴らしい口上でした。
1つのことに精神を集中して懸命に努力してください。
横綱の地元に立つ牛久大仏も、優しく微笑んでいます。
今年はとても嬉しい年明けです。
鹿島アントラーズが天皇賞で勝利し、大相撲初場所で
稀勢の里が優勝そして横綱昇進。
まだまだ伸びるぞ「茨城県!」
鹿島開発のマスタープランが作成されたのが
昭和36年(1961)。オジサンが11歳の時だ。
東京オリンピック(1964年)の頃には、人工掘り込みの港の
工事が始まった。
「大阪」「泉」ナンバープレートを付けた車が走り回っていたな~
鉄鋼会社・石油会社・東京電力等々の会社が続々と出来て、
「鹿島臨海工業地帯」の幕開けでした。
あれから半世紀。
オジサンも企業に就職し、一昨年退職した。
今日、工業地帯の見える公園に久しぶりに行って来た。
夜景の見える「港公園」へ。
鹿島港入港時に活躍するタグポート船溜まりでは、曳船が大型船の
入港を待っていた。
小さな船が大型船を曳き、接岸させる港の縁の下の力持ちである。
曳航する姿を見たら感激した事を思い出します。
陽が沈むのを待ち、神栖市の「港公園」へ行く。
高さ52メートルの展望塔がオジサンが来るのを待っていたかのように
ライトアップされていた。何しろ人気が無くオジサン一人だから・・・
中央航路の左岸では「鉄鋼会社」の岸壁で荷役作業を
しているのだろうか、
岸壁クレーンが大型船への積み込み作業をしている。
今回は急に思い付いての撮影、三脚を持たずに行き「かじかむ手」で撮影。
手ぶれがまた幻想的に撮影できたかも・・・?
オジサンが青春時代から長く付き合ってきた工業地帯。
退職して解る「青春時代」苦労・悲しみ、そして喜び。
中島みゆきの「時代」を口ずさむ
♪ 今は悲しくて 涙も枯れはてて
もう二度と笑顔にはなれそうにもなれないけど
そんな時代もあったねと いつか話せる日がくるわ・・・♪
2017年1月10日・・・
今日は、特別な日では無いが、初夢に「一富士」を見る事が
出来なかったので、今朝早く霞ヶ浦べり(茨城県行方市井上地区)
夢でなく、実物の富士山を見に行って来た。
視線の先に映る絵は、ブロンズ立像で世界一の高さを誇る
「牛久大仏」とのコラボレーション(共演)である。
朝やけに輝く富士山。
その傍らには「牛久大仏」が富士山に向って拝んでいる光景だ。
オジサンも脱帽して眺めていた・・・
地元のお年寄りが声を掛けてきた。
茨城は良いだろう!って。
世界一と日本一が一番よく見える所だよと・・・
また、日没も良い眺めだから来たらいがっぺ~と言ってくれた。
その言葉に誘われて、改めて出掛けた。
「いがっぺ~」⇒「良いだろう」(茨城弁)
日没の光景は
いち日に2度、素晴らしい光景を見る事が出来た。
今年は良い年になるだろう。
帰り支度しながら空を見上げると、浮かぶ月が「帰り道、気を付けろよ」
と声掛けてくれているようだった。
明後日が「満月」だ。
尚、この地点でも「ダイヤモンド富士」は、来週(17日頃)になる。
今年は、鉾田市の「鹿島灘海浜公園」で新年を迎えた。
そこで、2017年の幕開けに相応しい日の出に、
家族・知人・そして今まで出会った方々の健康で
素晴らしい年になるように一礼しに来た。
(You Tubeにアップ)
海岸には大勢の人が来ていて、駐車場も混みあっていた。
カップルが家族連れが、海を眺め日の出を待つ。
東の空が朝焼けて来た。
何時も見てる朝陽でも、この日だけは特別な光が射し身体いっぱいに
幸せを呼ぶ温かい陽を浴びる。
そんな瞬間を誰もが待ち望んでジーっと水平線に数多くの眼が注がれてる。
今年も平和で良い年になるよう祈る。
海岸でとても素敵な青年に出会った。
羽織袴の良く似合う若者。
彼に撮影をお願いしてパチリ。
傍らでは笑顔の素敵な母親が微笑んでいます。
今年の干支は「酉」
(撮影:潮来市水原)
「飛翔」
翼を休めず夢に向かって!!
今年は、知人友人にこの文言を添えて賀状を送る。
2017.1.1鹿島灘海浜公園(動画)