レッジョエミリア Reggio Emilia という街 | 飛べない南麻布の魔女

レッジョエミリア Reggio Emilia という街

なぜ、この、イタリア北部の小さな街に、

世界の教育関係者が注目してやまない幼児教育方が産まれたのか?


たったの、たったの4日間の滞在の中で見えてきたこと。

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陽気さ。

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勤勉さ。

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融合。

本屋のカフェで昼からワイン飲んで
語る人多数ドキドキ

単にオマエの好みだろ!とかゆー意見は速やかに却下ダウン

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国際規模の講義の開催と聴講。
この日のディスカッションはマフィアに関して。

学生に紛れ込んでみたけどイタリア語でなんもわかんねーラブラブ!

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街を挙げての各種アカデミックなイベント。
コレはフォトグラフィカ・ヨーロッパと呼ばれるトリエンナーレ。

大きな美術館、教会はじめ、小さなカフェや空き部屋など、


至る所に作品展示やインスタレーションが行われていて、市民は自転車を借りて回るコトが出来るのです。

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年に一度というクラッシックカーのイベントが、偶然にも滞在期間中に開催されていたり。


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教会に付属する学生ホテルの回廊で、街のとある高校のファッションショーがあって、

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ものすごい数の市民がそれを楽しみに集まっていたり。

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さっきまで、のみの市が開かれていたいろんな公園や広場は、

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清掃車と機材積んだ大きなトラックがやってきて、
あっという間に、イケメン付きの野外コンサート会場になったり。



あぁ。携帯からだと写真が10枚しか添付出来ないっ。


ドクロドクロドクロ


他にも、金曜夕方には、広場にカフェレストランが出没し、
子供達のために、大きなロールの画用紙が置かれ、
ある子はお絵描きを楽しみ、
ある子は風船と風に戯れ、

脇を自転車が通り過ぎて行く。


街角を歩いていて、何かしらのイベントに出くわさない路地を見つけるコトの方が難しい。


この、小さな街は、『愉しむ』というコトに対して


ひときわ貪欲。


そして、『愉しむ』の前に付く前置詞が、恐らくは

『アカデミックに』『前衛的に』『自らの企画で』『自らが主人公になって』とかいう類のもので、
誰しもが『主催者』『主役』という意識が強い。




あくまで、全体的に。の話。



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