花束を持つ手 | 飛べない南麻布の魔女

花束を持つ手

本日2つ目のアップは、クソまじめな話なので、

面倒な方はスルーして、前の記事へどうぞ。




麻布に住まうズボラワーキングマザー魔女
































人は一抹の寂しさを持って、自分は確かにここにいるよ、

と、誰かに気づいて欲しくてさすらう旅人。


自分と同じ考えとアイデンティティーを持つ仲間がいて

意見に賛同し合えれば更に自分は安定する。


その同じ意見が、感謝に満ちた建設的なものなら素晴らしい。



けれど、


残念ながら、人は比較し嫉妬する生き物。


同じ仲間と違う種族の文句や愚痴ををいい合う方が楽。




しかしながら文句を言ってみたって、


現実が正解なんだ。



時代が悪いの、世の中がおかしいと文句を言ったって仕方ない。


現実が事実なんだもの。




現状を見て、理解して、それからじっくり分析してみると
何故この現実があるのかっていう原因が必ずある。




その原因を受け入れて、さらに良くするための行動を起こせる人が、

本気で世の中を変えようとしている。





そんな仲間が集って大きなうねりとなっていく。




多くの集団を見ていて、気をつけないといけないな、と、

いつも感じていたこと。






その集まりが、自分達よがりの意見が先立つ集団にならないように。


自分と違う種族やアイデンティティーを持った誰かに苦言を呈する時には、

まずはとりあえず、現実の正解を作り出した相手の立場に立ってみて、


相手のいいところを見つけて『ありがとうございます』と

とにもかくにも無条件に感謝することから始めたい。




そのほうが、そもそも話が早い。



今の社会や政治に対して、

『自分達は何の不満もなく最高に幸せだ』


と思っている人はいないと言っていいものね。




『自分達はこんなに大変、アタシ達はこんなに辛い、

僕達の為にこんなこと変えて欲しい』




誰かに苦言を呈する時には、特に大きな視野をもって、

自分達を取り巻く多くのものが、

相対的に良くなるように考えられる、


そんな相手のいいとこ発見能力に長けた人が



上に立ってうねりを作り出していることに勇気をもらう。







『与える手』と『与えられる手』



過去から未来へ。

先祖から子孫へ。

母から子へ。

先輩から後輩へ。

お友達からお友達へ。

パパからママへ。





受け渡す相互の手に握られている花束が、




まずはドキドキ感謝の心ドキドキであること・・・。









今日の集まりで、ふと思いだした



パブロ・ピカソの



『花束を持つ手』






『はいどうぞ。』『ありがとう。』

『よろしくね』『こちらこそよろしくね。』



自分と違う年代、生き方の相手を認めて尊重することって


うまくやっていくための秘訣よね。