ばいばい故郷
ばいばい、またね。
ばいばい、またね。虹を探した毎日。
見つからない日はあてもなく
虹を探して緑の空気の中を散歩した日々。
ばいばい、愛しき、後ろ姿。
ばいばい、もう二度とは訪れない、
6歳と1歳の愛しすぎる君たちの後ろ姿。
子供を持つ前は、
いつも変わらずに私を癒し続け、
ずっと永久にそこにあると思っていた安曇野の山々は、子供を持ってからは、変わらずにアタシを待ってくれている存在では
なく、
子供と帰る故郷の山々は、いつも必ず、
子供と一緒の風景の中に存る存在へと変わった。
1歳と6歳の子供の後ろ姿と一緒に在る山々の情景は、
今年限り。
来年見る山の景色は、彼らの大きくなった後ろ姿を
どんな風にアタシの眼に写すんだろう?
想像すらできない。
愛しき子供達の成長は、いつも、アタシの
妄想も空想も遥かに超えた宇宙規模で存在して、
ひそかに、アタシを驚かせる。
親になるって、どういうことかよくわかんなかったけど、
親になるって、こういうことかもね。
変わらずに、あたしを迎えてくれていた山々は、
もう、
一生、
母である、あたしの中には存在しないってこと。
初めて、生まれたての小さな命を、この手に抱いたときに
おなかの底に生まれた、何か温かい小さなものは、
巨大なエネルギーになって、アタシをすっぽりと包み込んで
いつの間にか、全てのものの見え方を変えてしまった。
同じ情景は二度とない。
だからね、母ちゃん、目を凝らして、心のカメラに
しっかりと、あなたたちの後ろ姿をとどめるの。
近所のお店で、買い食いした、
この後姿も、来年は、もう、ない。
(下手すりゃゆうパックもなかったりして~♪
ブヒッ)
ばいばい、6歳と1歳の夏。
ばいばい。ばいばい。またね。
安曇野の山に抱かれて遊んだ日々。
子供が生まれてから、想像をはるかに超える
感動とか衝撃とか、たくさん経験してきたけれど、
いつも、常に、変わらずに確実に在るものさえも、
刹那的で無常の響きに変えるという、驚きは、
強いエナジーとなって心に刺さる。
あぁ・・・この、小さな1歳のぴぇの姿を生で見られるのは
あぁ・・・あどけない、にぉの6歳の笑顔を生で見られるのは
今、この瞬間だけなんだと
勝手に感無量になって、
大はしゃぎの子供の後ろで
大号泣する。
それが、母になるってことなのかもしれないですね。
愛しい毎日
愛しい山々
愛しい子供達
安曇野最後の日、
虹に送られて、
東京へ戻りました。
またね。
ばいばい。
あたしの故郷。
あたしの良心。
あたしの幼馴染。
あたしの源泉。
いつもいつもありがとう!!!
うわ~んっっ
泣けるじゃないのッッ!
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いっつも本当にありがとう!!






