十一月四日
『翌日パウロ我らと共にヤコブの許に往きしに、長老たち皆あつまり居たり。パウロその安否を問ひて後、おのが勤労によりて異邦人のうちに、神の行ひ給ひし事を一々告げたれば、彼ら聞きて神を崇め、・・・・・・』(使徒行伝、廿一ノ十八~)
此のヤコブは主イエスの肉親の御舎弟である。
イエス御在世中は信仰しなかつたが、御復活後主が特にヤコブに現はれ(コリント前十五ノ七)給ふた事によつて、彼は肉親の兄であるイエスを神の子と認めるに至つたものらしい。
彼は非常な祈りの人で、實行の人であつた。
エルサレムに踏み止まつて教會の中心となつてゐた。
『長老たち』とはエルサレム教會の役員とでも云ふ可き人々で今ヤコブの許に集つて祈り且つ相談してゐたのであらう。
全世界の母教會であるから、パウロが異邦人傳道の報告を為したのは蓋し當然であつたらう。
しかも誰一人自分の功を誇るものなく、一同『神を崇めた』のである。
(祈禱) 神よ、汝は多くの僕らを多くの患難の中に用ゐて今日の我らに福音をのこし給ひしを感謝し奉る。願くは我らをも彼らの跡を歩ましめ、同じく後世の爲めに種を播くことを努めしめ給へ。ア-メン