八月二十六日
『その頃ヘロデ王教會のうちの或(ある)人どもを苦しめんとて手を下し、劔(つるぎ)をもてヨハネの兄弟ヤコブを殺せり』(使徒行伝、十二ノ一、二)
イエスの御在世中に最も愛せられた弟子の一人であるが、福音書ではいつもヨハネの前に書き並べてある。
兄であつたのか、それとも何か優れた所があつたのであるかは不明である。
ヘロデ王はユダヤ人の人気取りに彼を第一の血祭り挙げたのである。
何故に第一に彼を殺したか。
多分使徒等の中で重要な人物であつたからであらう。
が、兄弟のヨハネが迫害の中にも百歳近くの天壽を全ふしたのと比較して、人は各々其の使命を異にするものであることを思はざるを得ない。
同じ兄弟でありながら一は早く殉教の死を遂げて主を崇め、他は數十年生き残って教會を育ててゐる。
短命必ずしも不幸でなく、長壽必ずしも幸福ではない。
キリストを信ずる者にあつては、生も死も問題ではない。
各々其所を得て其の使命を全ふするのである。
或は生きる事によつて主に事へ、或は死ぬる事によつて主を崇める。
使命は異なつてゐるが、喜んで奉仕する點に於ては同じである。
(祈禱) 主イエス様、汝の愛弟子ヨハネこそ一日も早く殉教の死を遂げて御懐(ふところ)に行きたかつたでせうに、彼は永く地上に在つて御用をつとめさせられました。死もよし生もよし。主よ、どうか私共をして御名の為めに喜んで生きることをも学ばせて下さい。アーメン