五月二十一日
『宣傳えて止まざりき。そのころ弟子のかず増加はり。』(使徒行伝、五の四十二、六ノ一)
『弟子のかず増し加えはら」ぬを苦しんでゐるのが今日の教會ではないか。
そこで人の御機嫌をとつたり、社會に迎合したり、基督教の轉向を計つたりする。
何といふ醜い狼狽であらう。
我らは決して教會員の増加を求めてはならない。
ただ『イエスを宣傳へて止ま』なければ其れでよいのである。
使徒等の如くに其の心がイエスで満たされ、之を宣傳へずんば胸が張りさけてしまふようになれば其れでよいのである。
『弟子のかず増加はり』は其の當然の結果であつて、之は求めずして來るものである。
自分の心にも、教會の中にも壓(おさ)へきれぬ程にイエスが満ちてさへ居れば、すくはるべき人々を神必ず増加へ給ふ。
結果を求めて根本を忘れた今日の教會ほど惨めなものはない。
(祈禱) 神よ、願くは我らにイエスを満し給へ。我らの心に、我らの口に主イエスを満たし給へ。願くは我らの教會の中に汝の靈が充ち満ちて教會は實に汝の香気の溢るる群とならん事を。ア-メン