『然るにパリサイ人にて凡ての民に尊ばるる教法学者ガマリエルと云ふもの、議会の中に立ち、命じて使徒たちを暫く外にい出さしめ、議員らに向かひて言ふ、

『イスラエルの人よ、汝らが此の人々に為さんとする事につきて心せよ。

前にチウダ起りて、自ら大なりと称し、之に附随ふ者の数はおおよそ四百人なりしが、彼は殺され、從へる者はみな散されて跡なきに至れり。

そののち戸籍登録のときガリラヤのユダ起りて、多くの民を誘いおのれに從はしめしが、彼も從へる者もことごとく散らされたり。

然れば今なんじらに言ふ、この人々より離れてその為すに任せよ。若しその企画その所作、人より出でたらんにはおのづから壊れん。

もし神より出でたらんには彼らを壊ること能はず、恐らくは汝ら神に敵する者とならん。』(使徒行伝、五ノ丗四―丗九)

 此れは大ガマリエルと尊称せられ、此の人の死後モーセの律法の光が消えたとラビ達が嘆息した程の人で、改宗前のパウロの恩師である。

されば其の言動も立派で此れ程に殺気立った議員たちの中に立って思慮深い正論を吐いて彼らを暴行よりすくひ、エルサレムを暴動よりすくひ、初代教会を揺籃の中にすくった。

ナゼ此れ程の人がイエスを死刑から救はなかったかとの疑問も生ずるが、或は不在であったのか、又はイエスの頃は左程で無かったエルサレム民衆が余程危険に思はれるに至ったのか(男の信者が五千人もある)推測の限りではないが、此の演説の初めには使徒等をチウダやユダの暴動に比較して議員等に同感を示し、終りに使徒等の行動が或は神より出でたかを暗示する所など實に巧妙である。

ニコデモやアリマタヤのヨセフなどの議員達は第一に此の演説に賛成したのであらう。

『蛇の如く、鴿の如く』の句を思ひ出される床しい人である。

 (祈禱) 神よ、汝は必要なるときに必要なる人を起こし給ふ。しかも忠実に汝らの命に從ふ者は少なし。願はくは我らをしてガマリエルの如く常に正論を吐き、しかも蛇の如くさとくあらしめ給へ。ア-メン