『大祭司および之と偕なる者ども集ひきたりて、議會とイスラエル人の元老とを呼びあつめ、
使徒たちを曳き来たらせんとして人を牢舎に遣したり。
下役ども往きしに、獄のうちに彼らの居らぬを見て、歸りきたり告げて言ふ、われら牢舎の堅く閉ぢられて、
戸の前に牢番の立ちたるを見しに、聞きて見れば、内には誰も居らざりき。宮守頭及び祭司長ら、この言を聞きて、
如何になりゆくべきかと惑ひ居たり』(使徒行伝、五ノ廿一―廿四)
『宮守頭』は神殿の守備長である。此の人の譴責されてゐないのを見ても此れは超自然の御働きで
あったことが明かである。神にとっては超自然でも何でもないが,神は非常手段を行ひ給ふのである。
キリストの福音であるところの『生命の言』が牢舎に閉ぢ込められずして世界に傳へられる為に
は此の特別な御働きを為し給ふて、出来得可くんば大祭司を始めとしてイスラエル全國民を救はん
となし給ふたのではあるまいか。此の時でも彼らさへ悔改めて神に歸ったならばユダヤ國はあの滅
亡を免れて世界もヨリ早く福音の恵みに浴したであらうに、誠に惜しいことをしたのである。何人の
救はれるのも大切ではあるが、殊に責任ある地位に立つ人々の救はれる事は、更らに大切である。
我らは切に此れが為に祈らねばならない。
(祈禱) 天に在す我らの父よ、願くは御意の天に成る如く我が愛する日本にも成らせ給へ。願くは我國の
みならず上にありて権を執る萬國の人々の上に特に恵みを給ひて御意を行ふ者とならせて速かに全世界をキリスト
の國と為し給へ。ア-メン