『かれら之を聞き、夜明がた宮に入りて教ふ』(使徒行伝、五ノ廿一)

 

 何と言ふ信仰、何といふ男気であらう。『之を聞き』と平凡に書いてあるが、其の聞き方は平凡                             ではない。『この生命の言を悉く民に語れ』といふ神の御聲を聞いた時に彼らは直ちに實行した。

その時と場所とが驚異に値するではないか。『夜明がた』『宮に入りて』との二語は實に私共を驚

かせるに値するではないか。『夜明がた』夜の明けるのを待ちかねて、オリブ山に朝日の登る前

に神殿に詣でる朝の参拝者に『生命の言』を語ったのである。彼らの眼中には祭司も大祭司も亦其

の手に委ねられてある神殿の衛兵も監獄もなかった。たゞ『生命の言』が心臓を破らんばかりに動

いてゐたのである。『神に聴くよりも汝らに聴くは正しきか我らは見しことを語らざるを得ず』と

先きに議会の前で言ひ放った言葉に一厘の割引もなかった。彼らは實に語らざるを得なかった。。肉體

の生死の如きはその念頭に上らなかったのである。

   (祈禱) 神様、私は如何に努力してもダメでせうか。使徒等の信仰とは全く別物であるやうな

  気が致します。泣きたくなります。どうかこの切なる心を憐れんで彼らに似た信仰を少しでも與へてくださいま

  せんか。アーメン