まずは何をしたくないのかをリストアップする。
それはどんなことでも構わない。
僕は、とにかく「バカとは関わりたくない。」だった。
バカの種類も沢山あると思う。
人によって、何をバカと感じるかは違ってくるからだ。
僕の場合は、仕事上でのバカ。
バカというより無能だね。
ロクに仕事が出来ないのに偉そうなことを言ってくるやつ。
自分の価値観だけを押し付けてくるやつ。
自分が常に無敵モードだと思ってるやつ。
狭い世界観の中だけで生きているやつ。
などなど…。
あげればキリがない。
だから、そういう連中と関わることをやめた。
「嫌なヤツとは付き合わない。」
そう決めると、勤め人には向いてないことがわかった。
だから今はどこにも勤めていない。
人の上に立つような社長業もやりたくないので、フリーランスで、自分が好きだと思えることだけをしている。
勤め人をしているとき、バカと付き合う以上に苦しかったのは、「会社に時間を搾取されている。」という感覚だ。
時間でお金を貰っている感覚がどうしても消えなくて、自分の命と引き換えに、少ない給料を貰っているという感じが、どうしても日常から排除できなかった。
だから毎日楽しくない。
「命を削って、これしか貰えないのか。」の連続。
それを自分の責任だけで仕事をするようになると、全てから開放された感覚になった。
そりゃ、鎖で繋がれている勤め人の方が、精神的には楽。
でも、勤め人をしている限り、全てに限定がついてしまう。
給料の限定。
自分の時間の限定。
人付き合いの限定。
限定される方が、安心領域は広がるので、毎日充実はしなくても、安心でいられる。
お給料35万の限定の中で過ごせば、明日が確保されたような気分になる。
毎日の睡眠時間8時間、それ以外の16時間のうち、9時間から10時間の仕事の時間。
残りは7時間。自分の自由に使える7時間という限定。
職場という狭い世界での人間関係という限定。
これだけの限定に囲まれた安心領域の中にいれば、当然安全なんです。
サバンナの中に放り出された野生動物よりも、檻の中の動物の方が100倍安心というのとまったく同じ。
餌は出てくる。水は出てくる。世話してくれる人も同じ。
最高かっ!!ってなるのよ。貧乏でも。
多くの人は頭が良すぎるので、安心領域にいるのが一番だと考える。
だから自由に対しては拒絶反応が出てしまう。
お金も同じ。
「自分の力で稼ぐ」というのは言葉ではカッコいいけど、誰かに「与えられるお金」ではないので、安全なものなのか信じきれる人が少ない。
誰かに決まった量与えられた方が信用できると思いこんでいる。
僕はコンサル業をしていたことがあるので、本当にそういう矛盾を見てきた。
稼げるようにしてあげても、実際に継続するのは20%に満たない。
例えば1日で4万円現金にできたとする。
「えっ?4万円?こんなに簡単に?こわっ!!」
となるわけです。
自由を謳歌するにも才能が必要なのだと感じた。
毎日が自由になることが楽しいと感じられない人間がとても多い。
残念だけど、それが現実なんです。
ちなみにフリーランスになってから、仕事の時間は毎日5時間と決めている。
5時間以上は仕事をしない。
午前中は仕事はしないとも決めている。
多くの人は、午前中に集中的に仕事をして、パフォーマンスが下がる午後に自由なことをするのがいいと思っているけど、それってどういう話?
自分の人生でパフォーマンスが高いのが午前ってわかっているなら、午前中に自分を開放して、好きなことやって、パフォーマンスが下がってくる午後に、仕事を5時間だけするって方が良いと考えるのは邪悪なのか?
そもそも、人生仕事中心って誰に刷り込まれた思想なんだよ。って話。
僕は仕事も好きだから、ダラダラしているつもりはないけど、それでも5時間以上の継続ってのは有益だとは思えない。
結果を出すような一日の仕事のピークっていうのは、5時間のうちに必ずやってくる。それを1度捕まえるだけでいい。それだけで大抵の仕事で諭吉はついてくる。
イーロン・マスクさんのように、毎日寝る間も惜しんで働け!っていう人もいるだろうけど、僕は基本的には仕事中心ではなく、自分の時間が中心だから、それは響かない。
こうみると、自分が何をしたくないのかを決めて、それに対して対策をしていくことが重要。
本当にしたくないことを避けるように努力すると、道は開けるものなのです。
さて、あなたのしたくないことは何?