バカになれ!

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こんばんちゃ。

気温差の大きい今の時期ですが、皆さま如何お過ごしでしょうか?
私は、他にも重なり見事に体調を崩してしまいました。
自分の管理や意思だけではどうにもならない身体の障害に辟易しています。
医療者として理解はしておりますが、個の人としては、もどかしい限りです。

そこで、今回のタイトルになります。
これは自分自身に書きました。
共感なさる方がいらっしゃるとしたら、一緒に共感いたしましょう。

自分ではままならないことに加え、周りへの罪悪感(ここでは仕事を休むことへの職場への負担や家族の負担)が他人の想像以上に脳裏を支配し、非常に心苦しく特にこの数日過ごしてきました。
あまり詳細には書けませんが、止められることも再三再四に口にしておりました。
そうは言っても、今、こうしてブログを書いているくらいなので、今現在は生きております。

悩みに悩んだ時に、ふと何かの記事で、「バカになれ!」と教師が生徒に話した、のを読みました。
もちろん、長い経過があって、深い理由もあっての上記なので、あくまで勘違いをなさいませんようお願いいたします。

私は、その「バカになれ!」を拝読した時に、様々な過去の出来事が走馬灯のように浮かんできて、ハッとしました。
まさしく今私が目先のことで悩んでいることは、これが解決策だと。

ままならない障害の症状も、職場への申し訳なさも、致し方ありません。
無論、『私は重度障害者だから許されるべき』などとは夢にも思いませんし、そのような発想をする障害者は嫌いです。
そうではなく、仮に心無い言動を相手から受けたとしても、その時は、「バカになれ」ばいいのです。
下手なプライドがあって、『あの人にこう言われた。この人にこうやられた。』と自分が感じた印象に縛られていると、その後の人間関係に響きます。
もし何か受けたら、いつものように自分のせいでしわ寄せになってしまい申し訳無い気持ちと、詫びを伝えたら、あとは相手の言動から傷つけられたというプライドは捨て、バカになればいいのです。

裏表なく一生懸命にすべき事をやっていたら、言葉では伝わらないことも、確かに伝わっていくことがあります。

自分のためにこんな事を書いていたら、少し気分が落ち着いてきました。

絶対に休めない職に長年従事してきて、真面目だけが取り柄の私には、障害者になってからの身体的状態が、自己免疫疾患のように自分で攻撃してしまいます。

それもほどほどにしないとですね。


お付き合いいただき、誠にありがとうございました。

疲れていて

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こんばんちゃ。
いつもありがとうございます😊

概ね毎回いいねボタンをくださるブロガーさま、本当にありがとうございます😊
いいね👍ボタンは、応援と捉えている私にとっては、大きな励ましとなっています。

くださるブロガーさんのブログをいつもは拝読しに伺うのですが、この数ヶ月は訪問出来ずにいてご無沙汰しております。すみません。

また別記事を書くかもしれませんが、これはここで失礼いたします。

皆さまもどうかお身体ご自愛くださいませ💫

春らしい

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立て続けの投稿をすみませんm(_ _)m


冬から春になり、春らしい光景が。

些細なことで怒る人続出。
かく言う私自身も然り。

確かに腹の立つことではあるのですが、腹を立てている自分の器量の狭さにも腹が立ち呆れています。

先日もいらした方がフロアに響き渡る怒声で騒ぎまくり、数名対応されていました。
私は、島の人に「あんなに怒って倒れないか心配。」と言い、返事が「倒れればいい。」と返ってきてしまいドツボにハマりました。
要らんことを言ってしまいました。

怒っている人たちに共通していることは、理屈がはちゃめちゃな点です。
何年生きてきたの?????と言いたくなります。

感情労働は非常に疲れます。

やんなるなぁ。

五月の朔日まいり

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こんばんちゃ。

風薫る五月の朔日まいりをしましょう。


今年度一か月を力及ばずながら過ごさせていただきました。

有難いを通り越して、もったいないというか申し訳ない想いでいます。
つい昨日大きな気づきをいただきました。
それは、【痛みや苦痛のない人はいるけれど、罪のない人は誰一人としていない】ということです。
ずっと、誰しも【身体的な痛みがある】とか、【苦痛がある】などと思っていました。
しかしながら、人と話をしていて、それらがない人の存在を知りました。
それとは別に、幼少の頃から、記憶が遡れる程の幼い頃から、自分は罪深いと思い悩んできました。
それが対面のみならず、SNSにも助けとなり、【罪のない人はいない】ことに気づかせていただきました。
それによって、だから私もいいんだ、ではなく、自分だけを責めることからほんの少しだけ解放されたような気がします。
引き続き罪を認め、詫び、祈りを捧げる日々は今までと変わりませんが、これまでとは多少異なってくると思います。

私はどこの宗教にも帰属しておりませんが、要所要所でこのような考えが浮かんできます。
(公立しか通っていないのですが…)

今月も謙虚に生きてまいります。
どうぞよろしくお願い申し上げます。