この記事は、ちょっと重いです。
2日のお話です。
わたくしは、アシュリーちゃんの特番を見ていました。
アシュリー・ヘギちゃんは、プロジェリアという遺伝子の病気で、通常の10倍の速さで老化が進んでいました。
詳しいことは、書きませんが、これまで日本のメディアでも、何度か取り上げられていました。
今年の4月21日、高校の卒業式の3週間前に、彼女が亡くなったというではありませんか。
神様がいるのなら、もうちょっと待っててほしかったな。
ダンナ様に、
「せめて卒業式終わってからでもよかったと思わん?」
と言うと。
「それがあのこの運命やったんやで」
と諭すように言われました。
そうやけど… そうやけど…
でも、彼女自身はその運命をちゃんと受け入れていたのだと思います。
平均寿命が13歳というプロジェリア患者だからと悲観することなく、
《彼女》を生きたのだと思います。
彼女が残した言葉から、それは読み取れます。
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もしも、わたしが誰かから
あなたにはあと24時間の命しかありませんよ、
と言われたとしても、
それで困ったりはしないわ。
死は誰にでも訪れるもの。(Everyone has her own time.)
恐れるなんて、
意味がないことだと思う。(I know I don't need to be afraid of dying.)
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生きるチャンスを与えられているんだもの。(Gods gives us chance to live.)
わたしは、自分の定められた時間がくるまで、
すこやかに生きていきたいと思っているわ。
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わたしたちの祈っていることに対して、
神様がそうしたいとお思いになったときは、
必ずかなえてくださるんだと思っているわ。
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そして、忌野清志郎さんの訃報をニュースで知りました。
一度はライブ活動を復活するほど回復なさっていたのに。
ショックでした。
人は、死をおそれ、『もっと生きたい』ともがくものでしょうか。
それとも、それを受け入れ、安寧な終わりを迎えるのでしょうか。
どちらが正しいかは、わたくしには解りません。
わたくしは、ダンナ様にありがとうと言って、その時を迎えたいと思っています。
ダンナ様は、その時を誰にも見られたくないと言います。
みんな、それぞれです。
最期を思って生きていくのも大切です。
一日一日を大事に生きていくのも大切です。
わたくしは、自分自身を省みたいと思いました。
いろいろ考えたいです。