注意 この記事は、ちょっと重いです。







2日のお話です。


わたくしは、アシュリーちゃんの特番を見ていました。


アシュリー・ヘギちゃんは、プロジェリアという遺伝子の病気で、通常の10倍の速さで老化が進んでいました。

詳しいことは、書きませんが、これまで日本のメディアでも、何度か取り上げられていました。


今年の4月21日、高校の卒業式の3週間前に、彼女が亡くなったというではありませんか。


神様がいるのなら、もうちょっと待っててほしかったな。


ダンナ様に、

「せめて卒業式終わってからでもよかったと思わん?」

と言うと。


「それがあのこの運命やったんやで」

と諭すように言われました。


そうやけど… そうやけど…


でも、彼女自身はその運命をちゃんと受け入れていたのだと思います。

平均寿命が13歳というプロジェリア患者だからと悲観することなく、

《彼女》を生きたのだと思います。


彼女が残した言葉から、それは読み取れます。


*****

もしも、わたしが誰かから
あなたにはあと24時間の命しかありませんよ、
と言われたとしても、
それで困ったりはしないわ。

死は誰にでも訪れるもの。(Everyone has her own time.)
恐れるなんて、
意味がないことだと思う。(I know I don't need to be afraid of dying.)

*****

生きるチャンスを与えられているんだもの。(Gods gives us chance to live.)
わたしは、自分の定められた時間がくるまで、
すこやかに生きていきたいと思っているわ。

*****

わたしたちの祈っていることに対して、
神様がそうしたいとお思いになったときは、
必ずかなえてくださるんだと思っているわ。

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そして、忌野清志郎さんの訃報をニュースで知りました。

一度はライブ活動を復活するほど回復なさっていたのに。

ショックでした。




人は、死をおそれ、『もっと生きたい』ともがくものでしょうか。

それとも、それを受け入れ、安寧な終わりを迎えるのでしょうか。


どちらが正しいかは、わたくしには解りません。


わたくしは、ダンナ様にありがとうと言って、その時を迎えたいと思っています。

ダンナ様は、その時を誰にも見られたくないと言います。


みんな、それぞれです。


最期を思って生きていくのも大切です。

一日一日を大事に生きていくのも大切です。


わたくしは、自分自身を省みたいと思いました。

いろいろ考えたいです。