おはようございます☀️
ワタシ軸を整えるヒーリングアートの案内人 たきぐちみちよです。
ブログを見てくださり、ありがとうございます✨
『魔女の宅急便』 の
ウルスラ の言葉が、心に残っています。
飛べなくなったキキに、 自分が描けなくなった時期の話をする場面があります。
その中で、 「描いても、どこかで見たような絵になる」 そんなことを話していて。
その言葉を聞いたとき、昔のワタシのことを思い出しました。
誰かみたいになろうとして、
理想という名の「こうあるべき」を追いかけて、
氣づけば、自分の人生じゃなく
“誰かの正解”を生きようとしていた。
人と比べたり、
無理に自分を納得させようとしたり。
本当は苦しかったのに、
「大丈夫」って言い聞かせていたような氣がしています。
ワタシは落ち込むと、
すぐに元氣になろうとはしないことが多いんです。
そのとき感じたことを、
ひとつずつ思い出して。
悲しかったな。
さみしかったな。
本当はこうしたかったんだなって。
責めるためじゃなく、
置いてきぼりになっていた自分の声を聞くみたいに。
そして、とことん感じきったら、
あとは少しお休みしている。
“魔女宅”のウルスラのように、
散歩したり、景色を見たり、昼寝したり。
ワタシにとっての「描けない」は、
スランプや落ち込みを感じることなのかもしれない。
少し頑張ることや、
人との交わりの中に入っていくこと、
流れを変えようとエネルギーを使うことに、
疲れてしまったとき。
だから無理に動かそうとせず、
いったん立ち止まるようにしています。
するとまた、少しずつ
「やってみようかな」という氣持ちが戻ってくるんです。
ただ、ワタシの描くヒーリングアートは、
ウルスラの描く絵とは少し違っていて。
何かを意図して描くというより、
未消化だった感情や、
言葉にならないものが、
そのままあらわれるようなアート。
だから今のところ、
「描けない」という感覚にはなっていないかな。
もちろん未来のことはわからないけれど、
時間がゆるすと、自然とパステルを手に取っているから。
今はまだ、
そんな時間を過ごせていることが、
ありがたいなぁと感じています。
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