おはようございます☀️
ワタシ軸を整えるヒーリングアートの案内人 たきぐちみちよです。
ブログを見てくださり、ありがとうございます✨

ドラマ『GTO』を観ていて、ある言葉に胸がぎゅっとなった。
「自分が何が好きで、本当はどうしたいか、わかんなくなっちゃって。」
高1の女の子が言った言葉。
その子は、引きこもりのお兄さん、病弱な妹、そして口喧嘩の絶えない両親の間で、自分の役割を持っていた。
――明るく振る舞うこと。
家族の中で、明るくしている自分。
きっと、そうすることで家の中の空氣を少しでも軽くしていたんだろうなと思う。
でも、それは家庭の中だけじゃなかった。
学校でも、明るい自分を演じ続ける。
周りの人を氣遣って、期待に応えて、「こうしていたほうがいい」と思う自分を続けていく。
そうやって長い間、自分以外の誰かを優先してきたら。
いざ、
「あなたはどうしたいの?」
「何が好きなの?」
と、自分に問いかけたときに、
「……わからない」
となってしまうこともあるんじゃないかな。
その言葉を聞いたとき、ワタシの胸がすごく苦しくなった。
もちろん、ワタシとその子では家庭環境も状況も全然違う。
それでも、子どもの頃から感じていた、あの居心地の悪さを思い出したから。
周りの様子を見て。
誰かの機嫌を氣にして。
期待されていることを考えて。
自分がどうしたいかよりも、先に「どうしたらいいんだろう?」を考える。
いつの間にか、
「ワタシはどうしたい?」
より、
「これをしたら、どう思われるかな?」
が先になっていた。
だから、自分のことを振り返ったときに、
「……あれ?」
となる。
好きなものは何?
本当はどうしたい?
何をしているときが楽しい?
そう聞かれても、すぐには出てこない。
自分がないわけじゃない。
自分の氣持ちを感じてこなかったわけでもない。
ただ、ずっと後回しにしてきたんだと思う。
誰かを氣遣うこと。
期待に応えること。
その場の空氣を読むこと。
それが上手になるほど、「自分」の声は小さくなっていったのかもしれない。
だから今、ワタシがアートを描いている時間は、思っていた以上に大切なのかもしれない。
「この色を使いたい」
「ここに描きたい」
「もう少し続けたい」
「今日はここまでにしたい」
そんな小さな選択を、自分でしていく。
誰かに正解を教えてもらうのではなく、
「ワタシはどう感じてる?」
と、自分に聞いてみる。
最初は、その答えがわからなくてもいい。
「わからない」も、きっと今の自分の正直な答えだから。
そして、そこから少しずつ、
「こっちは好きかも」
「これは、なんだか違うな」
「本当は、こうしたかったんだ」
そんな小さな声を拾っていけばいい。
子どもの頃から身につけてきたものって、そう簡単には変わらない。
だから、急に「自分らしく生きよう!」なんてしなくてもいいんだと思う。
まずは小さなところから。
今日、何を食べたい?
どんな色が氣になる?
本当は、何をしたい?
ほんの少し立ち止まって、自分に聞いてみる。
誰かのために生きることをやめるのではなくて。
誰かを大切にするのと同じくらい、
自分のことも大切にする。
その練習を、少しずつ。
「自分が何が好きで、本当はどうしたいか、わからない」
そう感じる人がいたら、
もしかしたらあなたの中にも、ずっと待っている「ワタシ」がいるのかもしれない。
その声は、消えてしまったわけじゃない。
ただ、長い間、小さくしていただけなのかもしれない。
このヒーリング曼荼羅アート、
実はまだ未完成。
今日はここまでと思ったから
止めました。








