今日読んでた本に好きな記述があったので以下に載せさせてもらいます。
ハンナ・アレントです。

「教育は、われわれが世界を愛して世界への責任を引き受けるかどうか、さらに、更新なしには、つまり新しく若いものが到来せぬかぎり、破滅を運命づけられている世界を救うかどうかが決まる分岐点である。」

いつの間にか5月も半分をすぎ、それこそ初夏と言えるような気候が続いています。ぼちぼち冬物を片付けないといけませんね。(遅い?笑)


こんばんはー。りきたけです。

先日大学構内をチャリで疾走していたら、段差にやられてチャリごと前のめりに90度傾き、見事に膝をズボンごとざっくり切っちゃいました。人通りもぼちぼち多いところでむっちゃ痛かった…(心身共に的な意味で)。今は小学生の頃以来と言えるほどのでかい瘡蓋(かさぶた)が自己主張しています。

病気や怪我は、生身の人間にとって切り離せないものでしょう。それらは人間の健康な日常、身体、精神、そして時には命すら蝕む。今話題のインフルエンザ・パンデミック(それが原因で中止が懸念されている今年のうちの大学の五月祭のテーマはアカデミック・パンデミック!笑)も、それが一人間の生命を奪いかねないからこそここまでの反応が起こっていると言えます。

今日は、その中でも「心の病」にフォーカスして話をしていきたいと思います。



私事になりますが、実は高校の頃まで自分は、臨床心理士を目指していました。

その契機はというと、単純な話、母親がうつ病だったからです。
当時自分は他県の私立校の寮に入っていたため、それこそ長期休暇以外は2ヶ月に1回帰省できるかどうか位のペースでしか実家にはいませんでしたが、正直本当に居心地の悪いところでした。
母親の症状が悪化するほど、手入れが行き届かず、汚く、殺風景になっていく家。両親の部屋には固く鍵がかけられ、食事は家族ばらばら。ある時は友達と遊んで夜に帰宅したら、遺書だけが残されて母親がいなくなったこともありました。
もちろん人並に反抗期を迎えたはずなのに、一番反抗したい相手に反抗できない。けれど母親の味方にはならないといけない。それが悔しくて、闇雲に学校の教師に反抗したりしていました。

結局母は、幾度かの心療内科の入退院、一人暮らしなどを経てだいぶ快調に向かい、表で働き始めてからは抗うつ剤はおろか眠剤すら服用しなくなり、ほぼ完調を取り戻すことができました。


では何故母がそれこそ5,6年もうつ病に悩まされたのか、その原因は何かというところですが、心療内科の先生によれば、「気質と契機」だったらしいのです。
元々母の父(自分の祖父)はとても厳格な人で(一番下の孫である自分ですら普通に殴られたことあります笑)、何事もきちんと、丁寧にやり遂げるということを教え込まれて母は育ったらしいのです。
そうやって育てられた気質は、母を優等生にし、真面目で仕事の出来るOLにし、良妻賢母にしました。けれどその気質は、すごくすごく繊細で脆かったのです。
自分が小学6年生になる前、父の転勤で家族ごと父の実家に引っ越しをしました。そこで父の両親、つまり自分にとっては父方の祖父母と一緒に暮らすことになったのです。
そこからは大体お分かりと思いますが、まぁよくある話で、今までの暮らしとのギャップ、これを「契機」に母は崩れていったのでした。


話が長くなりましたが、うつ病というものはそれほど誰しもに起こりうることで、本人を追い詰め、家族を追い詰め、死を選ばせる恐れさえあるのです。
当時と違い、現在は社会的にうつ病は広く認識されていっているようです。うつ病を題材とした漫画がドラマ化されたり、うつ病を経験した人のエッセイ集が多く出版されたりしています。「現代病」と言われるほど、ストレス社会の今日ではごく普遍的であるからでしょう。

これらの本やドラマではおおよそ「うつ病は風邪を引くのと同じ。みんなにかかる恐れがあって、ちゃんと薬を飲んで寝れば治るんだ」といったことが表現されたりしています。
これはうつ病に対し理解のない人間やうつ病にかかったと自覚できないような人にとっては本当に大切な言葉ですが、私個人の意見としては、ある種の誤解を招く危険性を孕んでいると思います。

確かにうつ病は誰しもがかかる恐れのあるという点では風邪のようなものかもしれません。けれど、うつ病の人を支える周囲の人間が、この言葉で励まされど、うつ病自体を楽観視してはいけないと思うのです。「風邪のようなもんだったら病院通って薬飲んでれば治るだろ」という考えは、病で苦しむ本人には決して良い効果をもたらすとは言えません。外傷では顕れない心の傷を、誰よりも身近な人に理解して欲しいのです。風邪なんかより重い。苦しい。本人はそう感じることもあるでしょう。
そういった意味で、上の「心の風邪」説を解釈するときには、注意が必要だと感じられます。


話は戻りますが、自分自身でやりたいことが見つかりつつあるため、もう自分が臨床心理士を目指そうとすることは恐らくないでしょう。けれど、身近にそういった経験をしたからこそ、人一倍、心の病を抱えている人やそれを支えている人には理解を示すことができたらいいなーと思っています。


何か全体的に暗い話になりました(´・ω・)こ、今度こそ明るい話をしたいと思います!汗
宮台真司という社会学者がさいきん新書を出しました。『日本の難点』というタイトルで、中には世の中で色々と議論されているイシューに対する宮台の意見がハキハキと綴られています。

まだ読み終わってないですし、内容についての批評をさしはさむことは控えますが、彼はその中で「『死』の観念をどうやって教育するべきか」というテーマについて論じています。

論には地域社会の崩壊・空洞化、そしてそれに伴う<システム>の氾濫(=郊外化)を問題視する宮台の視点が強く反映されており、地域社会の中で日常的に死と触れ合うことが少ない社会において、死を通して生を組織する機会が子ども達には希薄であるという事実、そして学校教育の中で「いかに死を子どもに教えるべきか」という議論を通して「経験の組織化」がなされているという事実が指摘されていました。

確かに、単なる知識ではないこうした観念をどうやって伝達すべきであるのかといテーマは非常に難しい問題です。少なくとも、現在学習カリキュラムにある「道徳教育」の教育効果が社会全体において広いコンセンサスを得られてはいないということはいえるのではないかと思います。僕自身、小さい頃から受けてきた「道徳教育」からはナンセンスさしか感じてきませんでした。やはり感覚的なものの伝達は、教室の中でマスな形で伝達することはできないのではないかという思いが僕の中にはあります。

一方で、特に初等教育の段階で全く道徳教育に関連する授業がないという状況を考えてみると、それはそれで不安を惹起するということは間違いないでしょう。

こうした問題に対して宮台は地域コミュニティの再生を対抗策としてあげています。確かに、実際に周囲の人間との交流を通して社会に関する諸観念を構築するという経験は、死生観を含めた子どもの倫理観を養成する上で大きなカギである可能性を否定することはできません。ただ、人間に様々な価値観をある中で、どのようにコミュニティを編成していくのか、決定の段階で解決すべき問題は多々あり、結局のところどうすべきかについては疑問も残ります。

学校教育が子どもの教育の上で大きなプレゼンスを持っている日本社会において、倫理観の養成はどのように行うべきなのか。解決不可能なアポリアではありますが、これから日々考えをめぐらせていきたいと思っています。