2011年3月11日 私はあの東日本大震災を、某市中病院の歯科の診察台で経験しました。
その2時間後に、病名 「顕微鏡的多発血管炎」 とつげられました。。
「顕微鏡的多発血管炎」 国の特定疾患に指定されている、難病のようです。
その日から、わたしの 「セカンド ステージ」 が始まりました。
2012年12月25日 いまだに病状は落ち着かず この 「ちょっと早い セカンド ステージ」
上手く スタートが出来なかったようです。
2011年2月に、体の不調を感じ、かかりつけの開業医に行き、そこから、市中病院を紹介され。
2011年3月4日に入院し、1週間かけて検査した結果の診断です。
11日のころには、歩くことはおろか、ベッドで起き上がることも一人ではできないほど、
体は、ダメージを受けていました。
それでは、発病から1年10カ月の間に起こった病気と、その経過を簡単に書いてみます。
2011年 3月 顕微鏡的多発血管炎
5月 下肢抹消神経障害 (両足のくるぶしから下のマヒ 右足はほとんどマヒして
歩くことができなくなる)
7月 えん下障害 (食べること、物を飲み込むことができなくなる)
構音障害 (声が出なくなる)
8月 某大学付属病院に転院
えん下障害 構音障害 とりあえず 声が出るようになり、食べられるようになる。
肺の感染症発見 (初期のため、経過観察と、感染菌のとくていの検査)
9月 胆石 (突然の我慢できないほどの激痛)
総胆管手術 (胆石の除去手術)
肺の感染症の摘出除去手術
2012年6月 病性の悪化と頭痛のため、再入院
ステロイド剤の、投薬量を増やしての治療をする。
7月 白内障 (ステロイド剤の副作用のため)
8月 感染症による発熱 1時間30分かけて救急車で搬送してもらう
9月 白内障の手術 (ステロイド剤の副作用のためしんこうが早い)
12月 マヒしている右足が悪化、膝、股関節、腰まで痛い状態になり、杖をついてあるくのも
しんどい状態になる (年明けに、MRIの検査予定。)
その他 ムーンフェース 発病前の知り合いがわからないほど 結構さみしい!
肥満 15㎏くらい太ってしまった。 歩くことができない私には、結構厳しい!
ざっと、こんな感じです。
正直、 心が折れそうになったこともありました。
思い描いていた 「セカンド ステージ」 とは違う舞台が用意されたようなので、
そこで少しだけ頑張ってみようと思います。
同じ病気の方との、情報交換 などしていただければ幸いです。