茂木健一郎さんの『ひらめき脳』 | 38歳の春だから -すごく私的な起業日記-

茂木健一郎さんの『ひらめき脳』


茂木健一郎さんの『ひらめき脳』

ひらめき脳 (新潮新書)




この本は、自分の考えの再確認のために読んでみたというのが正直なところなんだけども、
読んだらやはり、自分の考えていたことが書いてあった。



というのが・・・・


・「ヒラメキ」とか「新発見」っていうのは、無から生まれるわけではなくて、
 これまでの経験とか知識、記憶の結果として生まれるということ


・モーツアルトだって、エジソンだって、日々の知識や努力の蓄積があってこそヒラメキを得ることができるたということ。



・非常に脳みそがボケーっとしているとき、リラックスしている時にヒラメキは得やすいということ

こういうことなんです。



あ、いきなり意味わかんないですよね。




実は・・・以前の僕は、



「どうすれば茨の道を歩くリスクを少なくしつつ商売をはじめることができるのか?」とか、


「どんなビジネスモデルだと成功できるか?」とか


「自分にはどんな商売なら続くのか?」とか、


「いやいやいやいや!楽して稼げる方法は絶対あるはず」とか、



こういうことを、とにかく悶々といつも考えているんだけれども、
いい考えは浮かばず、


困った結果、

第3者の書いた、安易な書籍やらブログやらメルマガやらに埋もれて、

情報の洪水におぼれて、

翻弄されるばかりで、

一歩も前へ進んでいる感じがしていなかったわけです。



そんな時にある本で知った、ユダヤ人の人生の指針となる「タルムード」の一説。


「読書に逃げるんじゃないよ」

「自分で考えるのが一番重労働だからこそ価値がある」



この言葉を知って、

最初の段階の気づきがあったわけです。



このときは自分の中でも相当、

確信というか心理に気づいたような気がしていたんですが、

ここからさらに今回の再確認に至る自分の考えにいきつく、

もう一段階の気づきがありました。


なぜかというと、


当たり前ですが、本読まずに一生懸命、うんうん考えるという労働をしていても、

 ・いいアイデアが浮かばないことには変わりはない



っていうことに、3日くらいで気づいたからなんです。




で、まただらだらとビジネス系や、資産運用系、

自己啓発系の本を読み漁るに生活に戻ったわけですが、



その中で偶然発見したいくつかの本というか著者の言っていた、



 「アイデアとかヒラメキとかは、知識の膨大なインプットがあって初めて
  実現する」


とか、



「アイデアとは記憶の集合体である」



とか、そういう言葉。




ここでまた気づきがあって、今の自分の考えに至るわけです!



 そうか!

 自分の欲するいいアイデアというのは、

 アイデアそのものが”本に書いているんじゃなくて”
 知識として吸収すること、体験として経験すること、

 の蓄積があって初めて、偶然、無意識に出てくるもんなんだ。

 (だって、毎日すごい量の知識を本とかで得てるから

  すっごく物知りなんだもん。そりゃアイデアは出やすいよな。)


という考えに。



それまでは、答えを本中に探すもんだから、



「すげー楽に金持ちになる方法」とか、


「起業のススメ」みたいなタイトルの誘惑に勝てなかったんだけど、



そうじゃなくて、とにかく、
面白そうだったり、目に付く本をかたっぱしから日常として読んで
知識をためておいて、あわよくば、いろんなことも経験していれば、
そのご褒美というか当然の結果として、思いつくべく思いつくんだと
いうことがわかった(気がする)という経緯があるんです。



なので、今回も学者も科学的にそれを言っているのだったら
間違いないかもなと思って手にとったというわけです。



これからは、答えを探すんではなく、探している時に自分で答えが
出せるようにトレーニングするために、本は読んでおいた方がいいなと
いう考えに落ち着けそうです。




これまでは、時間ができた。テレビは我慢して読書をしなければ!
という脅迫観念めいたものがありましたし、アマゾンで本を買うときにも
「ここに本当に答えはあるのかなー」という考えで購入を吟味しまくっていましたが、
これからは「とにかくとりあえずインプットは増やさなきゃいけないので
なんでもいいや」という気楽な気分で本を買うようになりましたし、
読書の優先順位が第1ではなくて、空き時間や気分転換に読もうとするようになるなど
いい方向に向かっていると自己満足している次第です。


いやー。長文だなー。


よほど整理ができたんだろうな。今の俺。