自由になりたい
「なぜ起業するか?したいのか?」
ということを、
このタイミングで明記しとこ。
まず、
そもそも僕は、起業したいわけじゃないんです。
そうです。
>起業したいわけじゃないんです。
ん?
わけわかんなくてむかつく?
いや、つまりね・・・
今までのサラリーマン生活で、
・だいたいどんな会社でも、やっていける自信はできた。
・額はきわめて平均的だけど、給料も600万くらいはかろうじてあるわけだし、
管理職として多くのメンバもまとめる立場にほとんどの会社でなっていたし、
会社からもそれなりの評価は受けてた。
・ITベンチャーの創業期から上場まで、完全な外資、ドメスティックな純日本風企業、
典型的な王様社長がいるワンマンな中小企業、これらはすべて経験したので、
会社とか、会社で働くということとかは、いろんなパターン別に理解しているつもり。
・家賃払えねーってくらい焦った無職期間も2回経験したので、
所得が安定しない恐怖や惨めさは、すっごくよくわかっている。
その上で、
ここまでサラリーマンを経験した上でも、
・自分にとってサラリーマンは無理だ
・やっぱ俺。無理っすわ。サラリーマン。
と、
37歳になっても思っているわけです。
なんかアホっぽいでしょ?大人なのに。
でも、これ本当の気持ち。
何回考えても同じ。
俺、だめだわ。会社って。
自分で自分のこと(働く時間や曜日、仕事の方針だったり、つきあう相手だったり、
敬うべき相手だったり)を決められない(コントロールできない)状態には耐えられないんだと、
やっと悟りました。
まあ言ってみれば、
・いい年していまだに、「俺はできるはず」みたいな根拠のない自信がある。
・だから理不尽な要求を飲んだり、自分の考えが無視されたり、
議論の隙のない「上からの指示」とかをされたりすると、もう無理。
・普通の労働者でいる限り、絶対に自分のやりたいようには仕事なんてできない。(と思っている。)
・普通の労働者でいるかぎり、精神的、つまり経済的に自立はできそうにない。
・「社内でなめられたくない」「そこそこ給与ほしい」「転職に有利なように」
という褒められた理由じゃないにせよ、仕事は結構一生懸命やるほう。
・どうせ一生懸命やるなら、一生懸命やっても、毎月の給与という保障以外は
経済的にも精神的にも今後何年かの保障すらない状態より、
ゴールとして自由がある方が燃える。
・会社っていう、いわば嘘で固めたような空気にいまだになじめない。
(表面的にはやる気あるアピールすごいとか、仕事を好きな風を装う人とか、
見ているだけで吐きそう)
こういう「エゴ」をベースにしているということですね。
話を戻すと、
と、いうことで僕は、
・起業がしたい
というよりも、
・自由になりたい
わけです。(10代みたいなこと言うでしょ?おれ。)
人の考えに「しょうがない」と納得して従い続けることも、
努力の結果があまりにも間接的にしか見えない状態でい続ける事にも耐えれないので、
すぐにでもそういう状態から脱出して
⇒つまり独立するしか、オプションがないわけです。
自分で努力を継続して、最終的にはお金に追われないような経済的、精神的自立を
目指す。
⇒つまり、ある商売を自分がいなくても回るようにしておくとか、
稼ぎを地道に残して、堅実に運用して所得を得れる状態になっておくとか、
いわゆる「生活のため、ある程度の余暇のために働き続けないといけない」
という状態からの脱出ですな。
これが僕の、「起業する」「起業したい」目的です。
・・・・すみません。なんかエゴ丸出しで。小さい男で。
でも、しょうがない。
そうじゃないとダメなんすわ。
生きてる気がしない。
そう、生きてる気がしないんですわ。
そういうわけで、
努力の結果が成功にせよ、失敗にせよ全部自分の責任で努力して、
経済的精神的自立を目指すのが目的というかゴールなんです。
(この中に、気が向かない仕事はしたくないとか、家族とめいっぱい
一緒にいたいとか、サーフィンを好きなだけ好きな国で楽しみたいとか、
仲間と楽しくやりたいとかのもっと小さなゴールがあるのは
いうまでもありません)
だから、よく言われるように、
自分の情熱をかけれる仕事で起業することにもあまりこだわらないし、
会社を大きくしたりすることにもまったく興味がないし、
世の経営者との交流なんてことにも一切興味ないんです。
大丈夫かな、そんなんで。
もっと儒教的な思想が必要だなとは思いつつも、
やっぱ現実として、自分と自分の家族の精神的、経済的な
安定と自由も果たす前から、そんなうわべのことは言えないっすよ。
ってことで、起業めざしてがんばります。