歌うこと無い世ノナカハは
月の出ない夜と同じさ。
真新しい風に乗せられ、
届いて来るメッセージ。
影無い自分の姿に 不思議に思う事 もフエテタ
わ す れ そうになる熱いハートを、呼び起こしてよ。
再びは無いこの一本道。
走りきるのがメロディーライン。
叫びにも似た歌声で、夜空めがけて問いかけていた。
神記す 星座の奥に,さらに広がる惑星達は、
だ れ も 知らない 歌声に変わり 身に沁み渡った。
期待に光る星ぼしたちは
真夜中の時を刻み、月を知らない夜だけなら、
働くだけの自分に気付く。
開く扉の周りをさまよい、知らぬ間に世界は変わる。
ひ と つ 変わらないなら、遠くで誰かが月を眺めてる。
太陽にせかされる時は、月明かりを忘れてる。
今だけを照らし続けてて、照らされてることを忘れてた。
太陽は真っ赤に燃えて、青空の中輝いていた。
ま ぶ し いくらいの夜明けと何かを 俺は手にしてた
日本社会にがんじがらめにならず主に何かになろうとしたり、形だけの理想を追い求めたりせず、また、まとまらない言葉で無理にまとめようとすることよりも
時たま自分が何を感じたかが大切。
 
だから、まっすぐな気持ちで、正直な心で自分を信じること。
いつも自分の中だけで物事を完結しようとせず、着飾らない感覚。

澄み切った目で目の前の景色を見るとそれは美しく
その感触に触れる事が出来る澄んだ目を自分が持てるかどうか
それが人間誰しもが持つ自己への要求だと思う。

そこで大切なこととは、
言葉を常に探そうとせずに、その場のフィーリングを大切にする事。
そこからじゃないと何も生まれないから…
投げたり逃げたりかっこっつけて自分を偽ったりせず、
その時を大切に正直な目線を持った真面目な自分になりたい。
アートについて
デレグ・ジャーマンのエンジェルカンバセーションとグリッターバグは今でも印象に残ってる。なんせアートムービーの第一人者で奇才だし、快楽に裏付けられた罰としてなのかはたまた人類の希望とも言うべきか、彼を蝕むAIDSによる”死”が、あまりにも残酷で、また可憐に美しくも見える最期前のモノクロに縁取られたインタビュー映像はその時代の傑作。←そのセルフインタビューの中で、彼個人の作品へと質問が移行するがそれに答えることが出来ず、また、失ったものさえ直視出来ずに動揺を隠しきれないまま、まるでコマ送りされた様な沈黙の中で、その多くの記憶を失っていくその姿が、生きること自体が腐蝕をも共にしている事、また生まれるる事とは”死”という条件の上で重なり合っているのだと、僕は感動しました。生命 toアート、生命 fromアート、生命 =アート のそれは尊く、また生まれた時に持ち得ていた繋がりを自己に探求する喜びこそ自己の証明であり、そこに時を超越し上にも下にも伝え繋がる生命の泉に”自己の証明とアート”という手段がどれほどまでに素晴らしいものかを教わりました。彼は僕の心の恩師です。
この話は一人の洋服デザイナーの日常のお話。
でわ、どうぞ!

 
点線が真っ赤な色に染まる

引っ張る糸をなくしたミシンの先はまるで空間に時を打ち付けるかのようにズシン、ズシンと時を刻む。

少しそのリズムに身を任せ、静かになったかなっと思った瞬間、なぜか私はそこに残しておいた切れ端の布を、全て縫い合わしたい衝動にかられた。

今日はこれでおしまいだと気を取り直し、吸いかけで置いてあった煙草に火を灯す。

階段を下りドアを開けると、作業場の藻屑をフッと吹き飛ばすかのように乾いた寒さが辺りに舞う。

まるで待っていたかのように車のエンジンは音を立て、冷め切った胴体の一部を両手で握りしめる。
三色の信号の中で今日は赤が一番お似合いの色だと、そんな私はゆっくりとした気持ちでアクセルをふかす。

優しさを覚えたかのように降り注いでくる雪をため息と共にワイパーでかき分ける
しかしそれは時を知らせるかのように私の目に焼き付いた。

家の門を開け、ドアに鍵を閉めてレンジを暖めようと着火線をひねる。
カチッ、と鳴る音が私に安心を促そうとしているかのようにいつもの通りそこには火が灯る。
吹き出す蒸気を感じながら、カップにコーヒーを入れる。
ふと、ベットに横たわり部屋の隅を見渡す。

なんの変哲もない部屋はまるで闇の中の海岸のように記憶をかき消す
目を閉じてみると、真っ赤に染まった毛糸の布がそれはまるで元に戻ろうかとするかのように解けていく、
私はその赤いひもの反対側を握りあわててこちらにたぐり寄せようともがいていた、
そしてその綱がぴんと張った時、記憶の向こう側にある真っ白な闇が私の体を包み込んだ。