ある方のブログで辛い現実を知りました。
仙台に居る知り合いの方が人工透析を満足に受けられず、他の人を助けるために自分は透析を諦め天国へ行く事を選んだと…
悔しい・悲しい・自分が情けない…
その方は、透析をしていても長く生きれなかったのかも知れません。でも、天国に行く事を選らぶ事を決意せずにいられかった現実。
奇跡的に地震で助かった命を奪わないで下さい。
今も、透析や薬を服用出来ず困っている人達が大勢います。

助かったお婆さんが、『若い方が亡くなったのに、私達が助かって良かったのか、悪かったのか…』
と…やるせないですよね…
物資が届いても、運ぶガソリンがありません。
雪が降っても燃料が足りなくてストーブを点ける時間を減らしているそうです。

皆さんも余震の中、時間停電等で不安の日々だと思います。
沢山の募金や支援有難うございます。

TVで沿岸の人が内陸まで買い物に来たそうですが、物が無く、帰路をつこうとした時、近くの方が毛布を持たせてくれたそうです。
帰りにガソリンが無くなってしまった時、近くの会社が軽油満タンの車を貸してくれたそうです。

内陸にいる私達も食料・物資が足りません。
お願いですから不要な買いだめはしないで下さい。
保存食料ばかり買って、生鮮食品が売れ残っているとも聞きました。
手に入れたくても出来ない人がいる事を忘れないで下さい。

毎日、地震の話しでスイマセン。
でも、頑張るって言っても出来ない事、沢山あります。
私がここで言ってどれだけの方に届くか分かりませんが、少しでも今の現状を分かって欲しくて書いています。

気持ちを害してしまっていたらゴメンナサイ
ブログのお引っ越しのお知らせやブログを見に来て頂いた方の中には
『こんな時にブログ引っ越しだぁむかっ
『被災地だろ。自粛しろ』
『節電しろ』
と思われている方もいると思いますが、それは充分に分かってはいます。
被災地だから仕方ない事なのですが、TVは朝から夜まで地震の事ばかり、同じ映像の繰り返し…何度もおこる余震。サイレン、ヘリコプタ-の音
必要な物があってもガソリンが手に入らない。買いに行けたとしても食料や物資があるかどうか…

大人は、まだそれでも良いです。でも子供達が可哀想。外で遊ぶには寒すぎる日もあります。家の中では、大人達が難しい顔をしてTVを観ている。笑顔が少なくなってきている様な気がします。
責めて1つのTV局はアニメや子供達が観る番組を放送して欲しいです。

被災地や被災者の気持ちになったら贅沢な事なのかも知れないですが正直滅入っています。

私のブログ更新や引っ越しは、気分転換のつもりでやっています。
ストレスをためない様に…

私の考えを憤慨されている方もいると思います。
ごめんなさいm(__)m

頑張るって言っても難しい事沢山ある。
だから、自分が潰れない様にブログを更新する事、許して下さいね。
ブログ引っ越し途中だけど、まだ、落ち着いて無いからダラダラ書くけど、地震の事を書きたいと思います。
あの日、私は通院日で家に帰って来て、疲れたので横になったばかりでした。
待ち時間に携帯で記事のお引っ越しをしていた為に充電が少なく充電を始めた時、ガタガタと揺れ始めました。数日前にも強い地震があり余震が続いていたので
『直ぐにおさまるだろう』
と思い横になったまま様子を伺っていましたが揺れが強くなるばかり。起き上がって廊下に出ると母が這いながら居間から出てきました。地震が大嫌いな母の側に行ってあげたい気持ちはありましたが揺れが強く、人工関節の私は転倒してはいけない為行ってあげられませんでした。
何時も父に
『大きいのがきたらトイレかお風呂に隠れなさい』
(狭いのと柱が4本建ててあるからだそうです)と言われていたので、トイレの入口に逃げました。叫び続ける母に
『大丈夫だからテーブルの下に居て~動かないでよ』
と言いながら様子を伺って居ると母が走って来てくれました。きっと私を守らないといけないと言う一心で駆け付けてくれたのだと思います。
でもその場にへたりこみ泣き出してしまい、私が介抱する始末(苦笑)あちこちから物が落ちたり割れたり…なかなか揺れが止まらない。
『こんなの初めて…』
恐怖で震えが来ました。揺れが弱くなって来たので携帯を取りに部屋に戻ると惨状にCDやDVDは棚から落ち、パッケージからケースごと外れてしまっていました。食器が割れたりTVが倒れたり…震えながら片付けをしながら携帯で連絡をとるも繋がらない。
停電の為に、暖房も水も駄目。ダウンジャケットにマスク、ホッカイロをして寒さ対策をしても寒くて仕方なかった。幸い水は、自家水で鉄分が強い為に飲み水は父がタンクに湧水を汲んで来ていたので大丈夫。ガタガタ震えながらも貰ってきたばかりの薬の袋を自分の側に置き何時でも持ち出せる様に一緒に行動。
電池も無く懐中電灯は使えない。買いに行ったけど行列で無理。困っていると近くに住む叔父が石油ストーブを持って来てくれたが、なかなか暖まらない。姉と連絡がとれた。街中は壁や瓦屋根が落ちているとの事。
いったい何が起きたのか!?TVが付かないので情報が入らない。携帯で栗原市が震度7と言う事…栗原に住んでいる幼馴染みと連絡が取れない心配…。不安のままロウソクで夜を明かした。何度もくる余震。不安で早く朝になって欲しかった。翌日も停電、断水。色々重なり偏頭痛になってしまった。カーナビでTVを見ると、行った事のある街が壊滅状態。続々と分かってくる惨状。震えや涙がでてくる。
『何で…どうして?』
パニック状態。電池、ホッカイロ、携帯充電器、食料手に入らない。携帯は充電切れ…
『この先、どうなるんだろ!?』
不安で仕方ない。
翌日深夜に電気回復。
水、電気のありがたみが分かる。
TVで流れる地震情報。
安否不明者が多数いる事。
何もかも失ってしまった人が多数いる事。
私が恵まれている事改めて感じられた。
電気も水道も3日目の夜には回復したし、何より薬の確保が出来ている。
きっと持ち出せなかった人もいる。
震源地が家の近くだったら…通院が1日ずれていたら…考えるだけで恐ろしくなる。

被災者と言うまででは無いけど、食べ物や電池、ホッカイロそしてガソリンが足りない。
私の住んでいる所は、交通が不便なので、車が無いと困る。
雪が降れば自転車も難しくなってしまう。
でも、きっと不足しているのは東北だけでは無いと思うから仕方ない。

まだ、栗原市いる幼馴染みとや松島にいる親戚とは、電話が繋がらないけど、メールや他の親戚からの連絡で無事は確認出来ている。
余震でまともに寝れていないからか体がフワフワしていて、余震なのか自分が揺れているのから分からない状態だけど、今は前を向いて進むしかない。

そして安否不明者が1人でも助かる事を祈っています。