2009年4月14日 手術当日
起床と共に、バタバタと準備が始まった。検温、血圧測定手術着に着替えた。手術着が凄く長くて、歩くのに引きずりそうになって、病室の皆に笑われてしまった。着替えが終ると点滴が開始され、薬も飲んで準備完了。9時からの手術だったが、母が来ず時間が来てしまった。
「母ちゃん来ないし…」
病室の人達に愚痴を溢しながら廊下に出ると、母が見えた。
『やっと、来たよ』
母や皆に見送られて手術室に向かった。何度やっても、この時間は慣れない。ドキドキして泣きそうになる。
手術室に入ると、担当の看護師さん一人一人に自己紹介され、一人ずつに挨拶。前回の時は、病室から眠って行ったので、こう言うのが苦手な私は緊張しっぱなし。大学病院だけあって手術室が沢山あった。一番奥の手術室に入り、ベッドに移ろうとした時、踏み台の端に乗ってしまったらしく、グラッとなり落ちそうになってしまった。咄嗟に色んな所から手が…
「ビックリしたね」
看護師さんが、身体をさすって気持ちを落ち着かせてくれた。今の出来事で、不安な気持ちが、どこかに消えてしまった。
「モニター付けますね」
モニター、酸素マスクを付けられた
「ゆっくり、呼吸して下さい」
「麻酔入れますね。少し痛いですよ」
次に気づいたのは
「○○さん、手術終わりましたよ。管抜きますね」
だった。
『終わった!!』
安心して、また眠りへ。
「○○終わったよ」
母の声に返事したが、尾てい骨が凄く痛かった。足を動かさない様に股の間に大きなクッションで固定してあった。
痛みに耐えていると、看護婦さんが来たので
「右の股関節も悪くて開きが悪いので片方外して貰って良いですか?」
外して貰い痛みは楽になったが、今度は吐き気がして戻してしまった。麻酔の影響と分かっていたが、膵臓も悪いので不安になった。
手術は、人工関節を支える骨の方まで、悪化しており、不用になった骨から移植して、出血は、200㏄で済んだ。金具もほとんど取れたと説明を受けたらしい。
取った金具を看護婦さんが持って来たらしく、母が
「金具だって、見るか?携帯やるか?」
『それどころじゃない。何言ってんだ、この人は…』
と思ったが、中途半端な返事しか出来なかった。本当は、不安だったので、当日だけでも付き添って欲しかったが、規則で駄目だったので、ワガママ言って遅くまで居て貰った。夜は、痛みとの闘いだった。痛み止めを使うと、一時間位は効いてくれたが、後は我慢するしかなかった。痛みで辛いのに何度も体位交換に来られて痛み倍増。熱も38℃6分から下がらずほとんど眠れなかった。翌朝看護婦さんに
「一晩中苦しんでたね」
と言われた。次の日から、プレドニンを20mgに一週間増やし、4日置きに5mgずつ減らし元に戻した。熱も落ち着き、大きな副作用がでず安心した。
熱が落ち着いてきた頃、病室の人に
「先生が、こうやって頭、撫でたのよ」
とからかわれたのだが、何の事か全然分からず、聞くと、手術の日に何度か様子を見に来た先生が、どうやら私の頭を撫でて「頑張ろうな」と言ったらしいが、全く記憶に無く…何度もからかうので、思わずブチギレてしまった。(家族意外ブチギレる事は無い)このお方、手術当日も何度も付き添いの母や私に話しかけたり、触ったりで、心配してくれているのかも知れないが、ありがた迷惑だった。
だけど先生、30過ぎた人にに頭撫でるって…そりゃ背が小学生並みで、やる事も幼く見えるだろうけどさぁ…
仰向けのままほとんど動かせない状態だったので、洗髪して貰っただけで気分爽快だった。
一度だけ、着替えの時に、若い男性看護師さんがサポートに入って来た。その時の看護婦さんが怖い方で逆らえず、全裸を見せてしまい凄く恥ずかしかった。多分、その看護師さんも、初めての経験だったかも…
『スイマセン、私なんかで…』
一週間後にはバルーンも外れた。
左脚に入っていた金具です
起床と共に、バタバタと準備が始まった。検温、血圧測定手術着に着替えた。手術着が凄く長くて、歩くのに引きずりそうになって、病室の皆に笑われてしまった。着替えが終ると点滴が開始され、薬も飲んで準備完了。9時からの手術だったが、母が来ず時間が来てしまった。
「母ちゃん来ないし…」
病室の人達に愚痴を溢しながら廊下に出ると、母が見えた。
『やっと、来たよ』
母や皆に見送られて手術室に向かった。何度やっても、この時間は慣れない。ドキドキして泣きそうになる。
手術室に入ると、担当の看護師さん一人一人に自己紹介され、一人ずつに挨拶。前回の時は、病室から眠って行ったので、こう言うのが苦手な私は緊張しっぱなし。大学病院だけあって手術室が沢山あった。一番奥の手術室に入り、ベッドに移ろうとした時、踏み台の端に乗ってしまったらしく、グラッとなり落ちそうになってしまった。咄嗟に色んな所から手が…
「ビックリしたね」
看護師さんが、身体をさすって気持ちを落ち着かせてくれた。今の出来事で、不安な気持ちが、どこかに消えてしまった。
「モニター付けますね」
モニター、酸素マスクを付けられた
「ゆっくり、呼吸して下さい」
「麻酔入れますね。少し痛いですよ」
次に気づいたのは
「○○さん、手術終わりましたよ。管抜きますね」
だった。
『終わった!!』
安心して、また眠りへ。
「○○終わったよ」
母の声に返事したが、尾てい骨が凄く痛かった。足を動かさない様に股の間に大きなクッションで固定してあった。
痛みに耐えていると、看護婦さんが来たので
「右の股関節も悪くて開きが悪いので片方外して貰って良いですか?」
外して貰い痛みは楽になったが、今度は吐き気がして戻してしまった。麻酔の影響と分かっていたが、膵臓も悪いので不安になった。
手術は、人工関節を支える骨の方まで、悪化しており、不用になった骨から移植して、出血は、200㏄で済んだ。金具もほとんど取れたと説明を受けたらしい。
取った金具を看護婦さんが持って来たらしく、母が
「金具だって、見るか?携帯やるか?」
『それどころじゃない。何言ってんだ、この人は…』
と思ったが、中途半端な返事しか出来なかった。本当は、不安だったので、当日だけでも付き添って欲しかったが、規則で駄目だったので、ワガママ言って遅くまで居て貰った。夜は、痛みとの闘いだった。痛み止めを使うと、一時間位は効いてくれたが、後は我慢するしかなかった。痛みで辛いのに何度も体位交換に来られて痛み倍増。熱も38℃6分から下がらずほとんど眠れなかった。翌朝看護婦さんに
「一晩中苦しんでたね」
と言われた。次の日から、プレドニンを20mgに一週間増やし、4日置きに5mgずつ減らし元に戻した。熱も落ち着き、大きな副作用がでず安心した。
熱が落ち着いてきた頃、病室の人に
「先生が、こうやって頭、撫でたのよ」
とからかわれたのだが、何の事か全然分からず、聞くと、手術の日に何度か様子を見に来た先生が、どうやら私の頭を撫でて「頑張ろうな」と言ったらしいが、全く記憶に無く…何度もからかうので、思わずブチギレてしまった。(家族意外ブチギレる事は無い)このお方、手術当日も何度も付き添いの母や私に話しかけたり、触ったりで、心配してくれているのかも知れないが、ありがた迷惑だった。
だけど先生、30過ぎた人にに頭撫でるって…そりゃ背が小学生並みで、やる事も幼く見えるだろうけどさぁ…
仰向けのままほとんど動かせない状態だったので、洗髪して貰っただけで気分爽快だった。
一度だけ、着替えの時に、若い男性看護師さんがサポートに入って来た。その時の看護婦さんが怖い方で逆らえず、全裸を見せてしまい凄く恥ずかしかった。多分、その看護師さんも、初めての経験だったかも…
『スイマセン、私なんかで…』
一週間後にはバルーンも外れた。
左脚に入っていた金具です
