お腹に指を入れる手術をする日が来た。朝から不安でドキドキてていた。
皮膚科に行き、ベッドに横になると先生から
「何処に指を入れる?」
と聞かれた。
『何処って?お腹に入れるって言ったじゃん!?』
「肩の下でも良いし、お腹でも良いし」
とのこと…肩はIVHの為に残して置きたかったし、右のお腹を使うと、腕との密着が多いため、元々皮膚が 弱いので後々の事を考えて左のお腹に指を入れる事にした。
その時の指は、化膿したままの状態だったので、大丈夫か?不安のままでの手術だった。
お腹の一部を数センチ切って壊死した指先を差し込み、肉を付ける【腹部有茎皮弁術】をした 。
不安定な体にバランスが取れず、歩くのによろめいてしまった。このままの状態で1ヶ月いなくてはいけなかったので、気分的に落ち込んだ。
麻酔が切れてくると、お腹の中で指が動くのが分かり気持ち悪かった。
翌朝、痛み止めの座薬を使った所、具合が悪くなり嘔吐と下痢の繰り返しだった。熱も出てきた為、主治医が風邪ではないか?と言って点滴をしてくれたが、酷くなる一方だった。その日は、創立記念日で病院は休み。主治医も顔を出した後、出張に行ってしまっていた。午後からお腹の消毒に来た時に糸が切れていたらしく、麻酔無しで縫われたが、体の辛さで痛みや酸素を付けられた事さえも分からなくなっていた。
夕方、宿直医が診察に来た時に
「アミラーゼが300(正常は、55~175)あるので、無理に食べなくて良い」
と言われた。
【急性膵炎】を併発してしまっていた。吐き気止めの点滴と座薬を入れてもらい少しは落ち着いたが、熱が39,6℃まで上がってしまった。母には
「白血球が正常の倍もあるので、危険です」
と言われていたらしい。こういう時に限って父と祖母は、親戚の結婚式の為に家を空けていて、こういうのが、まったく駄目になってしまう母の事が心配で何度も
「大丈夫だから寝て」
と言っていた。症状が改善されない為、指をお腹から取ることになったのだが、麻酔が効きにくい体質らしく、手術の間ずっと痛かった。
指を抜いたお陰で、だいぶ楽になった。ふと、聞き覚えのある声で目を開けると、幼馴染みと叔母さんが来ていた。
「こんな夜中にどうしたの?」
どうやら心細くなった母が、電話したらしい…近場ならまだしも、車で1時間45分はかかる病院迄来てくれていた。
「ごめんね、大丈夫だから」
夜中だった事もあり、私との会話はそれだけで、後は母と話して貰った。
翌朝、起きてから昨晩の事を母に問い詰めてしまった。母は、夜中ということもあり嫁いだ姉宅には遠慮してしまったらしく、気心の知れている、母の代からの幼馴染みの家に電話したらしい…本当は、心配かけてしまった、私が一番悪かったのだけど、迷惑かけてしまったと言う思いが強かった。
その日から、化膿したお腹の中を朝、夕消毒する治療が始まった。イソジンの薄めた液で綿球を使ってゴシゴシ洗い流しイソジンガーゼをお腹に詰めたり、壊死してしまった皮をハサミで切ったりで、毎日グッタリだった。
余りにも痛がるものだから、かなり強い痛み止めを点滴の管から入れられ、体が逆さまにされているような、フワフワした気持ちになった。嘔吐や下痢は、落ち着いたが、アミラーゼが高く、フォイパンの点滴で膵炎を治療開始し、薬もプレドニンとガスターのみを点滴の管から入れ、高カロリーの点滴と水分のみの食事制限が出た。
普段から余り食べない方だったので、体重があっという間に増えてしまった。 高カロリーの点滴と食事許可が出てからも、血糖が低い事が度々あったので「沢山、食べてね」と言われて、体重を元に戻すのが大変だった。

No.2へ