内野健一さんは、1989年トヨタ自動車に入社し、堤工場車体部に配属された。2001年から中間管理職として品質管理を担当していたが、02年2月9日早朝、残業中に致死性不整脈で倒れ、搬送先の病院で死亡した。(当時30歳)

 2007年の11月30日、名古屋地裁はこれを過労死であると判決を下し、豊田労働基準監督署に不支給取り消しを言い渡した。


 同地裁の多見谷寿郎裁判長は、内野健一さんの死亡直前1カ月の時間外労働時間が106時間45分にもなるとした上、

「量的、質的に過重な業務に従事して疲労を蓄積させた」

「職務上の精神的なストレスも大きく、業務と死亡との関連性は強い」

とも述べ、52時間50分と算定していた豊田労働基準監督署の処分を退けた。


 裁判の争点となったのは、

「創意くふう提案」

「QCサークル活動」

など品質や職場の改善にかかわる活動が、業務内か否かである。

 内野健一さんの妻、博子さんら原告側は、

「社員を徹底管理して無駄を排除するトヨタ特有のシステムで極度の緊張を強いられた。実際は仕事なのに業務外と扱われる品質管理の自主的なサークル活動もあった」

と主張していたが、国側は「創意くふう提案」「QCサークル活動」じたいを「業務外」とし、

「会社に残ったのは雑談のためで、実際の残業時間は44時間程度。死亡は業務が原因ではない」と主張した。


 内野健一さんが聞いたら、悔しくもなさけなくも思うことだろう。文字通りの命懸けで働いたというのに、

「会社に残ったのは雑談のため」

などと決めつけられたのだ。本人が既におらず、なんの反論もできないのをいいことに、

「怠けていて勝手に死んだんだろう」

と言ったに等しい。

 労基署たるものが、「品質管理のための自主的なサークル活動」を「業務外」と見なすことからして、労働者を侮辱している。

 品質管理が目的ならば、会社の利益を図るために他ならない。しかるに、「自主参加」の活動ゆえ「業務外」であるとうち捨て、トヨタは正当な手当を支払わなかったのだ。


 トヨタに限らず、会社には「自主的」を「強制」する風潮さえある。労働者が自主的に働いたことにさえすれば、会社はなんの責任も負わずにすむという算段なのだ。こうした手を労基署が黙認しておれば、労働者の権利は踏みにじられるばかりだ。

 そもそも、会社の利益を意図とした活動ならば、自主、強制を問わず業務の一環とするのが筋である。そうでなければ、労働と利潤の釣り合いがとれない。実際、トヨタは労働者のそうした犠牲を礎として巨城を築いてきた。労基署がこの状態をなぜ見過ごすのか。


 多見谷裁判長は、

「サークル活動は、事業活動に直接役立つ性質のもので、使用者の支配下における業務と判断するのが相当。健一さんは会社にいる間、上司の指揮命令下で労務に従事していた」

「トヨタ方式について判断するまでもなく、健一さんが従事した業務は過重だった」

と結論づけた。

 国側(厚労省幹部)は、

「新たな事実が判決で認められた結果、判決が認定した時間外労働時間は現行基準に適合していると認めざるを得ない」

と判断し、控訴審で判決を覆すのは困難との見通しから、控訴を断念した。

 トヨタ自動車広報部は、

「コメントする立場にない。社員の健康管理により一層努めていく」

「今後、判決内容を詳細に検討していきたい」

と語った。



                 (続く)