(前回の続き)

 大阪労災保険審査官からも審査請求を棄却されたが、妻は諦めなかった。2001年5月に労働保険審査会に再審査を請求し、独自にも調査を進めた。会社の近くに住んで社員の様子を見張り、元同僚や当時の取引先からの協力も得た。そして、

「(亡くなった男性が)一人で居残り、夜遅くまで黙々と作業していた」

などの証言を入手し、労働保険審査会に提出した。


 2005年5月、同審査会は、亡くなった男性の発症前4か月間の時間外労働を、1か月平均80時間と算定した。それを踏まえたうえで証言などから、

「頻繁な飲酒や雑談は認められない。業務全般で会社の中心的役割を担っており、身体的、精神的に過重な負荷が発症に関与した」

と結論づけた。妻の熱意と行動が、過労死を認める逆転裁決を引き出したのだ。見事な限りではあるが、脳天気に拍手を送ってばかりはいられない。


 むろん、この妻は立派ではあるが、根本を見失ってはならない。法的な知識も技術も持たない普通の主婦(それも夫を亡くして消沈している)が、ここまで余分な苦労をしなければ、真実も事実も証明されなかったという現実はどうだ。いったいなんのための労基署なのだ。

 しかも、素人の主婦が導き出せた事実を、労基署はいわばプロであるくせに、まったくつかめなかった。適当なかっこつけ聴取で、いいかげんにすませていたからだ。お役所のやり方がおざなりであるとは、先に述べた通りだ。労基署が本来の業務を本当に機能しているのかは、疑わしい限りである。


 これらの点については、しかと留めおくべきだ。にもかかわらず、この件についてマスコミなどは、「妻の執念」(読売新聞による表現)のみに注目し、労基署の杜撰さにまでは言及していない。労働者側は、こんな片手落ちにごまかされてはならない。