(前回の続き)
判決後に開かれた報告集会での、妻の笑子さんの言葉は深い。
「必死に働いてきた夫の名誉を傷つけた会社を腹立たしく思い、提訴しました」
至極もっともな見解、行動である。大切なのは、命と人の気持ちである。会社側(それは人間による組織)が亡くなった社員と、遺族の立場や心情をよく考慮し、誠意を尽くしていれば、遺族も裁判など起こす必要はなかったかもしれない。人の立場や心を踏みつけてまで、自己保身に走る被告の醜態ぶりは、あまりにも見苦しく、人として企業として、恥ずべきものであった。
当節このような外道企業が多いのは、損得勘定にまみれて脳みそが腐っている輩がトップにいるせいかもしれぬ。また、こんな企業だからこそ、従業員の過労死が起きるのだとも言える。
裁判を担当した浅野則明、村山晃、佐藤克昭、岩城穣の諸弁護士のうち、村山弁護士は次のように述べた。
「過労自殺の責任が全部会社にあると認めたところに、判決の重大な意義がある」
従業員の過労状態が当たり前になっている現代社会ではなお、企業のあり方を明確にし、法の力をもってしかと責任を取らせなければならない。従業員を健康的に働かせるのは、企業の義務なのだ。それを無視する企業が多すぎる現実を、見逃してはならない。
実際これまで、企業を甘やかしすぎ、労働者が一方的に理不尽な忍耐を強いられていた。この横暴を徹底的に暴き、是正させるのは国ぐるみの義務なのだ。
それに関連して、気になることがある。遺族には、国からは労災保険金、会社からは損害賠償金が支払われるが、労災給付分などは、この賠償額で減額されたらしい。いったいなぜそんな計算が入るのだろう。
労災保険とはそもそも、こんなときのために懸けてきたものであり、労働上の災害には、保険金が支給されて当然である。会社が賠償金を支払ったからといって、保険料を減らすのは、どういう理屈なのか。労災保険と賠償金は、なんの関係もないはずだ。掛け金を取るだけ取っておいて、払う段階になれば、屁理屈をこじつけて出し渋りする。これでは、民間の生命保険会社と変らない。国までもが企業と結託し、労働者をないがしろにしているのではないか。