リクルート過労死裁判を考える会(仮称)

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 1996年8月29日、(株)リクルートの社員、石井偉(いさむ)氏は29歳の若さで亡くなった。くも膜下出血だった。
 偉(いさむ)氏は、同社のホームページ媒体求人情報「デジタルB-ing」を同年4月に独力で作成した。さらに、週1回の画面更新のため深夜、時には明け方までの長時間不規則勤務を強いられていた。
 偉(いさむ)氏の遺族は、発病の原因が、過重労働による疲労蓄積にあるとし、会社側の安全配慮義務違反を指摘し、リクルートを相手に、損害賠償請求裁判を起こした。1999年7月29日のことである。


 これに対しリクルート側は、くも膜下出血の発症は、常染色体優性多発性嚢胞腎に合併した脳動脈瘤が自然的経過により破裂したものであると反論した。むろん、会社による安全配慮義務違反も、過重労働も認めず、業務と死亡との因果関係はないと主張した。
 2004年1月22日、東京地裁にて和解が成立したときには、提訴からすでに4年半も経っていた。

 和解とは、簡単に言うと、原告被告の間からわだかまりをいっさい失くすということである。それはいいが、裁判所はなぜか、被告の法的責任の存在を前提とすることなく、和解を勧告したのである。以下に、和解条項の一部を挙げる。

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1. 被告は,石井偉が死亡したことに対し,衷心より哀悼の意を表する。

2. 被告は,前項の趣旨にかんがみ,原告らに対し,本件和解金として,1200万円を支払うものとし,本日,本和解の席上において,この支払のために,UFJ銀行新橋支店振出に係る額面1200万円の自己宛小切手1通を交付し,原告らはこれを受領した。

3. 被告は,今後も従業員の健康状態の把握に努め,労務内容等に応じ,従業員の安全管理・健康管理に十分配慮して,安全配慮義務を尽くすよう努力する。


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 上記条項のうち、1と3は至極妥当なものだが、2には疑問が残る。

 リクルートほどの大手企業にとって、1,200万円ぐらい微々たる額であるにしろ、一方的に支払うということは、何らかの贖いを表しているはずだ。にもかかわらず、被告の法的責任を明確に提示しなかったのは、なぜだろうか。

 いや、明確に提示しないというより、それを取り沙汰することを禁じてさえいる。「本和解の内容及び本件訴訟の結果について当事者以外の第三者に知らせる際」の注意点として、東京地裁は、次のように通達しているのだ。

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2)本和解の成立を理由として,相手方当事者が次の点について認めた又は認めなかった旨の主張ないし告知を行ってはならない。


ア) 石井偉の被告における過重労働の存在又は不存在
イ) 石井偉が被告在職中に死亡したことについての被告の法的責任の有無


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 争点そのものを扱い禁止とするのは、「和解だから」には違いない。被告側における罪が明らかにされた上で、被告側が謝罪し補償金を払った上でというならば、納得できる。しかし、実際に被告側に課せられたのは「衷心より哀悼の意を表する」ことと「和解金として1,200万円を支払う」ことだけである。「謝罪」や「補償金」の義務は、課せられなかった。
 東京地裁が、リクルートにお咎めなしと判決を下したならば、和解金を一方的に支払わせるのも、おかしなことだ。やはり、被告側に対してなんらかの責任追及表した結果ではあろう。


 今回の裁判では、被告側が原告の言い分を頑として認めず、原告にとって有利な物的証拠も揃っていなかった。当然、裁判は難航する。あるいは単に、遺族側が要求した補償金は、裁判所が妥当と見なす額を超えていたのかもしれない。

 いずれにしろ、これ以上無駄に長引くより、和解という形で少しでも受け取ったほうがよいと、原告側は勧告されたのかもしれない。むろん、推量にすぎないが。