昨日、星を通して出会った友人と話していた。
それも、最初から最後まで、暗いトーンで。  
 
そもそも、彼女と出会い、星を読んでいたときも
ずーっと、背筋がぞくぞくするような暗い話を
二人で夜中に延々としていた。 
 
彼女のする話は、とても怖くて。
その話に引き込まれそうになるの自分がとても恐ろしかった。


そんな状態は1週間近く続いていたのだろうか。
占星術鑑定という枠を超えていたと思う。 


私は、何をしているんだろう?そう思いながら、闇に震えていた。  
 


羊たちの沈黙を思いだしていた。
犯罪者の闇に共感し引きずられていく。
自分の感情と相手の感情が共鳴しあい、

まるで自分であるかのように、ぴったりとシンクロしていく。


もちろん、彼女は普通の素敵な女性であるのだけれど、

私たちの闇がお互いを魅了したのだと思う。
 


私は、彼女を突き放すことができなかった。
自分の頭の中がおかしくなってしまうんじゃないかという恐怖を抱えながら、

彼女のメッセージに返信し続けていた。  
 

  
闇は必要悪だと思っている。
なくすことはできない。
闇は隠すから、暗く淀み腐敗し、悪臭を放つ。 
 
私は、自分の闇をさほど、恐れてはいない。
そんな、嫌いじゃないんだ。


私の売りは、ネガティブだし、真っ黒な闇だと思っている。 
 


だからこそ、私が放つ、言葉が光を帯びるんじゃないのかと。
はなから、キレイゴト言ったって、誰の心にも響くわけがないよ。


そう思わない? 
 

 


ときどき、ヘドが出るぜっ!と言いたくなるほどの
いい感じの文章を読むことがある。


多分・・・その人は、闇という肥溜めに溺れているのだと思う。
その肥溜めの中から、遠い星を見て、光を語るんだ。   
 
 
そんなんだったら、はなから、闇を語った方がいいのじゃなくて?


闇があるから、光がある。
闇を否定する人に、光なんて、あるわけがない。 


私は、そう思っている。   
   

彼女と私はとても似ている。
実際、同じ星、「これが原因だよね」 そう言い切れる星も持っている。    

 
そんな彼女と私の決定的な違いはなんだろう?  
 


ずっと、考えていた。

 

 


それは闇に対する肯定感かもしれない。 
 

 

 

 
私は、自己肯定感はさほどない。誠に残念ながら。
でも、自分の闇の美しさをしっている。
闇あっての、私なのだ。これは、自慢だ☆彡 
 
ここが大きいように思う。  
 
 


「セカイノオワリ」を見たとき感じていたことがある。
こういう世界観、打ち出していいんだって。  
 


そこから、私のブログは変わったし
読んでいて、面白いねって言ってもらえるようになった。  
  


セカオワFukaseさんの集団リンチの記事を読んだ。
ちょっとわかるような気がする。 

なんとなく、状況が理解できるような・・・ 


 
私と彼女が持っている星には、こんな意味がある。
集団の意識を投影してしまう役割があると。
人は、この星を持つ人に、勝手に自分の闇を投影し、

その闇を恐れる。

 

そして、その闇に反発し、その人を抹殺しようとする。    
 


カラクリはそういうことだ。

誰が悪いわけでもない。


  

 

負のスパイラル。 
その不条理から逃れるためにはどうしたらいいのか。 
 
  
闇を認め
犠牲者にさせられることに対して
断固ノーというこだと思っている。  
   

 

 

ちょっと、オブラートというか
オーガンジーに包みながら 
核心について、話してみた。  
  


伝わるといいな。  
 

 
犠牲者に祭り上げられることを認めちゃいけない。


そこは、毅然として戦う。
バズーカー砲、持たなきゃ。 
 
すっごいの、打ち込んで戦えばいいんだ。   
 
本気で、そう思うよ♡