透明人間になった彼女と石ころ帽子がほしかった私
「お久しぶりです。お元気ですか。私は透明人間になりました」
透明人間からの手紙だった。
古本屋を物色中に見つけた薄い事務用の封筒。いや、経費削減と言ったって、今時あんな薄い封筒は使うだろうか。黄色くて、紙の筋が入っている中が透けそうな、安っぽい封筒だ。真ん中に「透明人間からの手紙」と印刷してある。1通150円だ。
他にもたくさんの手紙があったのだが、私は「透明人間からの手紙」から目を離すことができなかった。まるで、きらきらうるうると見つめるチワワから、目を逸らせなくなったあのCMと同じように。
手紙を読み終わってすぐ。
私は、透明人間に返事を書くことにした。
透明人間さま
お手紙ありがとうございます。とても嬉しかったです。
何年ぶりでしょうか。懐かしさと、なんだか、ほろ苦くも甘酸っぱい気持ちでいっぱいです。
あなたは、本当に透明人間になってしまったのですね。
私には、とてもそんな勇気はありませんでした。あなたと同じぐらい透明人間になりたかったはずなのに。
あなたの勇気ある決断に惚れ惚れしています。
不透明人間の私もそれなりに、毎日精一杯暮らしています。
透明人間の世界にもたくさんの規則があることに驚きですが、こちらの世界も相変わらず、何かと不便です。それはあなたもご存知でしょう? 見えないだけで、同じ社会に存在しているのですものね。
最近はいろんな有名人の不倫が報道されていますが、どれほど、透明人間になりたいと思っていることでしょうね。透明になっても、好き放題はできないことを教えてあげなくてはいけませんね。早まってしまう前に。
実は、あれから私は、星占い師になりました。透明人間になるのと同じぐらいに、自分のしていることの大胆さに驚いています。大好きなことなので、今となっては運命だったのだと思っています。
たぶん、あなたと私には同じ星が輝いているのだと思います。だって、人前に出たくないのでしょう? だから、透明になることを選んだのでしょう?
私も同じです。不透明であることを選んだのだけれど、どこか、こう、人間社会のど真ん中を生きている気がしません。日々星を読みながら、ちょっと、違う世界から、大きな岩の陰から、人様の運命をのぞき込みつつ、どう生きるのがしあわせなのだろうかと真理を追究しているところです。生涯をかけての研究になりそうな予感がしています。
人はどうやら、それぞれ自分の生きたいように、人生の目的を決めて生まれてくるようなのです。あなたが透明人間になった理由は聞いていたけれど、それだけじゃなくて、きっと、透明人間になって何か成し遂げたいことがあったのじゃないかしら。
そんな気がしてなりません。
最近、占い師になりたい人って、多くいるようなんです。透明人間になりたい人と同じぐらい、いるのかもしれませんね。
でも、人は、普通に楽しく自分の人生を生きるのがいいんじゃないかなと思うのです。あなたも、そう思うでしょう?
なんていうんでしょう。
透明人間も、占い師も、普通では生きていられない人が、なるようなものじゃないかと思うんです。私たち、どう考えても、人が出すゴミというか膿のようなものを拾って、それを浄化するようなことが仕事でしょう? まっとうな人は、自分の太陽を輝かせて生きればいいんですもの。透明になったり、人の人生を考えることをする必要なんてない。自分が信じた道をまっすぐ、生きることを目的とすればいい。私たちは、そんな人を少しばかり応援するような、そんな仕事をしているのでしょうね。
これが、カルマとでもいうのでしょうか。宿命なのでしょうか。
あなたに話したことがあったかしら。ドラえもんの道具で欲しかったものは何でした?
タケコプター? どこでもドア? あ、タイムマシーン?
今、透明人間のあなたには、どれも必要のないものでしょうか。
私は、石ころ帽子が欲しかったんです。今でも、欲しいかな。地味でひとつも可愛らしくないその帽子をかぶると、誰にも気づかれなくなる。笑っちゃうでしょ。透明人間と同じだもの。目立ちたくないなんて、思春期のうぬぼれだったのでしょうか。どれだけ、自分が目立つんだと思っていたのでしょう。ますます、恥ずかしいです。穴があったら入りたいです。あのお話の最後、のび太くんは、誰にもかまってもらえなくて、大泣きしていましたね。私はどう思うのでしょう。我ながら気になります。
今の私もやっぱり、あなたのように透明人間になる勇気はありません。でも、石ころ帽子のように、かぶったり脱いだりできるのなら、チャレンジしてみたいところです。一緒にいかがですか。
私も元気に楽しく暮らしています。あなたが元気でいてくれて本当によかった。
そうですね。お互いの姿に気づけるでしょうか。
ちょっぴり、不安ですが、わかりますよね? 絶対にわかるはずです。
ぜひ、また、お会いしましょう。
何が食べたいですか?どこでお茶をしたいですか?大通り公園を見ながら熱々のドリアでも食べましょうか。昔よく行ったお店があるんです。
そんなとき、きっと不透明人間には、不思議な光景に映るんでしょうね。
あの人、一人で二人前の食事を頼んで、何か楽しそうにぶつぶつ言ってるわって(笑)
仕方ありません。甘んじて、その滑稽な人を演じましょう。
札幌はもう秋風が吹いています。
雪が降る前にお会いできるとうれしいです。
どうぞ、お体には、気を付けて。
えみこ
